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新日本風土記 出羽三山

古くから山岳信仰で栄えてきた東北・山形県の霊山、出羽三山。夏には白装束に身を包んだ人たちが、列をなして参拝に訪れる。豊作を祈る山麓の農家、先祖の霊に会いに来る人々、一人前の跡継ぎと認められることを目指す千葉の若者たち。出羽三山信仰は、講という地域ごとの信仰集団で先祖代々伝えられ、東日本一円に息づいている。
出羽三山とは、月山、羽黒山、湯殿山の3つの山の総称。山麓の人々の一年は、この三山への祈りと共にある。雪深い春の月山に登り、山の神を里に降ろし、田の神として迎える人々。夏、参拝に来た講の人たちを、山の幸の精進料理でもてなす山伏の宿・宿坊。稲の収穫が始まる秋、翌年の五穀豊穣を祈る百日間の精進潔斎に入る人。その満願を、地域を挙げて迎える年越しの祭り...。
また山麓には、即身仏という独特の仏様が祭られている。即身仏とは、仏になって人々を救うために、生きながらミイラになったという仏様。この地の、豪雪や冷害に苦しんだ時代の記憶を留め、今も救いを求める人々の篤い信仰を集めている。
厳しい風土から生まれた、豊かな祈りの世界、出羽三山信仰の今を見つめる。

<オムニバス項目(予定)>
●田に神を迎える...雪深い春の月山山頂から山の神を田に迎える、集落挙げての伝統行事。
●即身仏信仰...生きながらミイラとなった仏様・即身仏に救いを求める人々。
●山頂の神社を守る...山頂に泊まり込みで参拝客を受け入れる神職たちの暮らし。
●山伏の宿...参拝者の宿・宿坊を営む山伏の、信仰の里を支えて来た活動。
●一人前になる旅...千葉で息づく、地域で一人前と認められるための若者たちの三山信仰。
●五穀豊穣を祈る百日行...豊作を祈るため百日間祈り続ける人とそれを支える地域の人々

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出羽三山について知ったのはこれが初めてのことで、当初は観る予定がなかったものの、たまたまCMを観て「雪がしんしん、祈りもしんしん」「あの世のようなこの場所で、ぴょんと、生まれ変われたら」というキャッチコピーに心を鷲づかみにされてテレビをつけた。果たして期待は裏切られず、むしろいつにも増して収穫の多い番組構成で観られて良かったとつくづく思う。
さて以下、覚書を頼りに番組を辿り直してみたい。

まず舞台となる出羽三山に込められている意味について。
羽黒山:現世の幸せを祈る
月山:亡くなった人の霊が鎮まる
湯殿山:生まれ変わる
つまりこれらの三山は人の生と死の循環を表しているのだ。
ちなみにご祭神は以下の通り(出羽三山神社公式HPより)
羽黒山-・聖観世音菩薩(仏)・伊氐波神(産土神)・稲倉御魂命(穀物神)
月 山-・阿弥陀如来(仏)・月読神(農耕神)
湯殿山-・大日如来(仏)・大山祇神(山の神)・大己貴命(建国神)・少彦名命(医薬神)

5月、手向(とうげ)地区では山の神を田に迎える神事が行われる。
月山の頂にいらっしゃる神(月読命)を訪ね、田にお迎えするのだ。これを春山代参といい、江戸時代から続くという。参加者は標高1984mにある月山神社に参詣し、神職はそこで月山神社特有の祝詞を神様に捧げる。今回その祝詞を少しだけでも聴くことができて僥倖だった。
そして参加者の方の「今は自分の力でできると思っている人間もいるけども、神様は本当に助けてくれる」というお言葉が印象深かった。神様に対する謙虚な気持ちと感謝の気持ちに心打たれた。
山から下りた参加者は正装した集落の人々に出迎えられる。正装といえば昔は紋付き袴だったというが今はスーツだ。それでも人々の神様をお迎えする気持ちは今も昔も変わらないのだろう。そういう姿が尊いと私は感じる。

続いて湯殿山の本明寺に祀られている即身仏・本明海上人(ほんみょうかいしょうにん)。長らく秘仏とされてきたそうで、9月の法要の時だけ公開されていたらしい。調べてみると、現存する湯殿山系の即身仏としては、最古のものなのだとか。
ネットの海を彷徨っていたら本明海上人即身仏330年を記念して本明寺で行われた神事にまつわる記事を見つけた。去年の6月23日のことだ。
鶴岡の本明寺で柴灯護摩と火渡り 本明海上人即身仏330年で
数百年の時を経て受け継がれてきた信仰の重みがそこにはある。

続いて話は再び月山へ。7/1の山開きに合わせて神職の方々は月山奉行として二ヶ月半山で生活を送る。その大変さは想像に有り余るが、神様の間近で生活するというのは羨ましい気もする。なお山開きの日の11時には開山祭が執り行われ、この時にだけに唱えられる祝詞を拝聴することができるという。神職の方は参拝者の方々の想いを背負っているという気持ちになるとお話されていた。参拝者の方々の信仰あってこそ、神様は神様として敬われるのだなぁと思う。

その参拝者の方々は講と呼ばれる組織に所属し、講ごとに定められた宿坊に泊まるのだという。この宿坊の部屋の奥には出羽三山の神様を祀った祭壇が設けられており、代々山伏が宿坊の主を務めている。講と宿坊との関係は深く、その歴史は江戸時代にまで遡る。宿坊には300年分の宿帳が保管されており、現在まで大切にされている。それは講の人々と宿坊とを繋ぐ大事な財産だからだという。
千葉県市原市の講では、三山に参拝して初めて一人前の男として認められるということで、代々男たちは三山に参拝してきた。その時に纏う白装束には参拝して授けられた朱印がいくつも押されている。亡くなった時に棺に入れてもらうほど大事にされているということに私は感激してしまった。それは信仰がその人の生きた証でもあるということだから。
ちなみに初めて三山に参拝することを初行といい、その時共に参拝した仲間を同行という。同行は仲間が亡くなった時には葬儀を取り持つこともあるというほど絆が深い関係なのだそうだ。ここには人と人を繋ぐものとしての信仰のあり方が窺える。

そして最後に松聖(まつひじり)の百日行のお話。松聖とは翌年の五穀豊穣を祈る百日間の精進潔斎に入る人のこと。肉や魚を絶ち、期間中は刃物も御法度ということで髭を剃ったり髪を切ってはいけない。そして結界を張った部屋で祝詞を朝晩、百日間捧げ続けるのだという。聖というように、その期間は松聖は人ではなく神に近しい存在となるのだろう。
そして大晦日が来ると、松聖は補屋(しつらえや)に入って祝詞を捧げ、五穀の種を撒き、すべて終えれば人へと戻る。
またそこでは山伏の神事も行われ、太陽の使いである烏をモチーフにした烏飛びと、月の使いである兎をモチーフにした兎の神事が執り行われる。その兎が何とも愛らしくて心和んだ。

今回この番組を観て、私の中で信仰の対象でありながらも概念化された存在だった月読命が、リアルの生活の場においてどのように信仰されているかを知るいいきっかけにもなったし、(農耕神という形で現在の人々の生活にも直結しているというのを再確認できたし)、松聖や出羽三山信仰そのものにも興味を惹かれた。もっと詳しく知りたくなったので、文献を探して読んでみようと思う。
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夕星桔梗

Author:夕星桔梗
元日本古代史ゼミ所属。作家志望のアマチュア物書き。

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