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【書評】澤田瞳子『ふたり女房』



これまで読んできた二作とは打って変わって、時代は江戸時代。京都出身の作者にふさわしく、部隊は京都鷹ヶ峰御薬園。京都鷹ヶ峰御薬園は、江戸の小石川御薬園、長崎の十善師鄕御薬園と並ぶ幕府直轄の薬草園であり、主人公は京都鷹ヶ峰御薬園に務める医師の娘として日々薬事に関わっていた。
 物語は彼女と彼女の関わる患者たちをめぐる連作短編集となっており、本草綱目などを参照したと思われる多様な薬草の知識が織り込まれ、作者の丹念な下調べぶりに舌を巻く。
作者の得意分野と思われる仏像を扱った「春愁悲仏」、江戸時代ものの醍醐味である復讐ものを描いた「初雪の坂」、そして作者の本領発揮と云わんばかりの御所を舞台にした「粥杖打ち」など、珠玉の作品が並ぶ。
 中でも今作書き下ろしの「ふたり女房」は江戸時代ものの代名詞、義理人情に溢れた一作となっており、先の展開は読めるものの話の構造としてはよくできている。

“「ひょっとしておぬし、広之進どのの致仕を怒っておるのか」
「当たり前でございましょう。義兄上こそ、あれほどの御仁に腹を立てておられたのに、今日はまたどういう心変わりでいらっしゃいます」
(…)
「広之進どのはおそらくお香どのの失明に衝撃を受け、発作的に禄を離れたいと言い出されたのであろうな。されどあの気弱なお方が、その意思を貫けるはずがあるまい。汐路どのが国許にしおらしく付き添うて行かれたのは、今は頭に血が上っているゆえ、下手に口出しはすまい。国許に戻り、ご尊父どのの力を借りて、翻意させればよいと思われたためじゃろう。ご夫君の意に従うと見せかけながら、汐路どのは広之進どのをうまく謀られたのじゃ」 
 えっ、と立ちすくむ真葛を、彼は面白そうに見下ろした。
「汐路どののことじゃ。国許に着けばうまく夫を丸め込み、致仕願いを取り下げてしまわれよう。やはりあの方は賢婦なのかもしれぬな」
 それに、と続ける口調はどこか楽しげですらあった。
「お香どのはお香どので、広之進どのの嘘をすでに見破っておられるぞよ。だからこそ、夫を突き離し、私は私で生きて参りますと申されたのじゃ」
「なんでございますと――」
(…)
「ですが、目が見えぬお香どのが何故――」
「おぬしはあの晩、お香どのが広之進どのの手を取ったと申したな。それでお香どのは、広之進どのが今、裕福な暮らしをしていると気づいたのだろう」
(…)
 お香は夫の手の感触で、彼の今の境遇を覚ったのだ。その上で真実を口に出来ぬ広之進を突き離し、彼に見限りをつけたのに違いない。
 お香はやはり賢婦であった。それも夫の嘘に丸め込まれるふりをしてやれるほどの。”


 『日輪の賦』、『満つる月の如し』と作者の著書を読んできて、この作者は能ある女性を書くのが上手いなと感じた。女流作家ならではの感性というか、女らしさを残しつつ、芯のある強い女性像を理想としているのかもしれない。だからこそ読者はともすれば受動的に描かれがちな前近代を生きた女性たちに感情移入し、現代のエンターテイメント小説として読めるのだとも云えよう。
 やはりこの作者は期待を裏切らない。この作品の続編は「読楽」で連載中とのことで、機会があれば手に取ってみたい。

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夕星桔梗

Author:夕星桔梗
元日本古代史ゼミ所属。作家志望のアマチュア物書き。

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