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【書評】澤田瞳子『日輪の賦』

 

 私は卒論で大神氏を中心に主に豪族の立場から古代史を観ていたし、天皇にしてもまだ大王の時代、それも神話的性格の強い大王像に注目していたため、このようにあくまでも政治的立場を前面に押し出し、日本(ひのもと)というナショナリズムを大々的に掲げた持統天皇像は新鮮に映った。
 確かに当時の国際情勢を鑑みれば、日本は内憂外患ともいうべき時代であったのかもしれない。それを持統天皇の男装の女人というヒロイックなメンタリティと重ね合わせて描き切った作者の力量は賞賛に値する。
 ただし古代という時代を考えたときに、まるで日本という一つの“国”が他国からの侵略を免れようと律令の規定を志向したというのはある一面的な見方に過ぎないのではないか。
 もちろん百済が滅亡したことによって、高句麗や唐の脅威の矛先が倭へ向けられる、という恐れはあっただろうし、彼らに負けじと律令国家を志向したこともまた事実であろう。

愛すべき国土と言語を奪われ、三百年の歴史を有する百済は地上から姿を消した。流民となった百済人をわが国に受け入れるとは、彼らをただ国内に住まわせるだけの行為では済まされぬ。
 失われた国よりも更に強靱なる国を樹立し、彼らを守る。それが亡命百済人を受け入れた国の責務だ。ならばその京に仕える一人として、自分も詠の夢を叶えるべく尽力せねばならぬ。
(倭を他国に脅かされぬ大国となす……)
 そのために行うべきは、水城建設や防人徴用など、目に見える国防措置だけではない。
 天下の百姓を収攬する揺るぎなき支配体制と、一つの遺漏も許されぬ確固たる文書行政。そして貴族を――いや大王をも規律の内に収める網羅的な典と、国家の官吏たる自覚を有した役人たち。それらを完成させて初めて、この国は大陸諸国に肩を並べ得る強大な国家へ変貌するのだ。



 しかし当時の“日本”はすなわち畿内周辺を意味しただろうし、そこには地方という視点が抜け落ちているようにも感じる。中央集権化を図ったとはいえども、古代において地方は未だまつろわぬものたちの土地であった。元明天皇の時代に諸国で風土記の編纂を命じられたのも、地方の地理風俗が未だ中央にまで把握されていなかったという現実の表れであろう。
 よって安易なナショナリズムとヒロイズムに走りがちな本書は冷静な視点で読み解いていく必要があると思われる。間違っても昨今の日中韓関係を持ちだして本書の状況と比べる愚は犯すべきではない。ただし五瀬(実際に続日本紀文武紀に名が見える)をはじめ、奴婢から天皇まで多様な身分の人々をバランスよく配置し、彼らの個性を際立たせたエンタメ小説としては一流であるかと思われる。
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夕星桔梗

Author:夕星桔梗
元日本古代史ゼミ所属。作家志望のアマチュア物書き。

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