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長崎帰省記参 丸山巡り

三日目は、今書いている小説の舞台・丸山へ。
正覚寺から隘路を入って丸山へ下っていく、というルートで歩いてきました。
丸山へ至る道は幅が狭く、細い路地が入り組んでいます。

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その入口にあるお地蔵様にまずは手を合わせました。
幼い頃、祖母とお散歩へ行く道中にお地蔵様や水神様が祀られていると、私は祖母の教えで必ず手を合わせて拝んでいたそうで、今でも街中に祀られている神仏の前を通る時は必ず手を合わせるようにしています。
説明書きによれば、このお地蔵様は「首をそむけると戻らなくなる」という云い伝えがあるようですね。
きっとそれだけ土地の人々に大事にされてきたのだろうなぁと思いました。

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料亭青柳のすぐ前の階段を下るとそこは丸山本通り。
かつての風情が残っていないのが残念ですが、街は変わっていくものですからね……。
私などは長崎検番の周辺の建物も保存しておいてほしかったと思ってしまうわけですが。

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肝心の検番の写真は逆光で綺麗に撮れなかったのですが、光が交差して虹が差しているようで神秘的ですよね。
記念に貼っておこうと思います。

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先ほどかつての風情はもはや失われてしまったと書きましたが、中には昔の面影を残した家も。
こういう家々を大事にしていってほしいなぁと願うばかりです。
丸山の中では割と広い坂道を登れば、身代り梅園天満宮の鳥居が見えてきます。

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身代り梅園天満宮のいわれは、看板によりますと

元禄六年(1693)安田治右衛門が二重門にて梅野五郎左衛門に襲われました。そして自邸に担ぎ込まれましたが不思議なことにどこにも傷が無く、身代りに庭の天神様が血を流して倒れていたそうです。その後、この天神様を身代り天神と呼ぶようになりました。
また第二次大戦時、丸山町の出征を命ぜられた者は必ず参拝したそうですが、身代り天神によりすべて無事に帰還したそうです。

とあり、なかなか霊験あらたかな天神様が祀られているそうです。
去年の帰省の際にもお詣りしましたが、今回は残念ながら補修中だったようで、境内には業者の方がいらっしゃいました。

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これがいわゆる歯痛狛犬と呼ばれる狛犬でして、口に飴を咥えさせると歯痛が治るという云い伝えがあります。
よって常に飴玉がいくつも咥えさせられていて、石像に染みこんでいます。
このような狛犬は全国的にも珍しいのではないでしょうか。

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お傍にあったお稲荷様にもお詣りしてきました。すると猫の気配が。
長崎市街はどこにいても猫に出会える、猫好きにはたまらない土地なんですが、この私も例外ではなく思わず撮ってしまいました。
神社と猫、いい組み合わせですね。
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夕星桔梗

Author:夕星桔梗
元日本古代史ゼミ所属。作家志望のアマチュア物書き。

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