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「大王御製の意義」@國學院大學

今日は國學院大學にて一般向けの公開講座「大王御製の意義」を拝聴してきました。
万葉集の巻一の巻頭歌である雄略天皇の歌が、なぜそこに置かれたのかという論点で話が進み、日本書紀や古事記から見えてくる雄略天皇の姿に触れながら、「万葉集の論理」に迫るという構成でした。結論は出なかったけど……。
まとめとしては、巻頭歌の特徴である求婚歌に焦点を当て、古事記にも雄略天皇の求婚譚や婚姻譚が載せられていることから、残虐非道な「大悪天皇」として雄略天皇を描く日本書紀とは違う論理が働いているのだろうというお話でした。
それからもう一点の着目点はその求婚歌の意味。そこにはすなわち子孫繁栄や天皇の御代を言祝ぐという意味がこめられていたのです。これが他の天皇御製の歌にも通底する意識なのかどうかというのが新たな問題点として取り上げられ、講座は幕を閉じました。

私は万葉集に関しては全くの素人なんですが、文学性の強い古事記の記述が万葉集にも影響を与えているというのはとても興味深かったです。講師の先生は、あくまでも万葉集は万葉集として読むべきだとおっしゃっていましたが、少なからず影響関係はあったんだなぁと感じました。
万葉集には中国文学の影響もあったと別の場所で聞いたことがあるので、そちらの観点から天皇御製の歌について探っていくのも面白そうだと思います。
そういえば冒頭に「大王」と「大君」の使い分けの問題が取り上げられていました。中国においては厳密に使い分けられるこの言葉は、万葉集では混用することが多いのだとか。それは中国における君主像と日本のそれが異なっているからなのかもしれません。飛鳥時代までは日本では「大君」という言葉はほとんど使われていなかったようですし、そのあたりを調べてみると面白いでしょうね。君主像は宗教にも大きく影響を及ぼしますし。講師の方はあまり深くは触れられませんでしたが。

参加者の方は、学生が多いのかなと思いきや、國學院の卒業生の組織である院友会が母体となっているからか、ご年配の方が圧倒的に多かったです。みなさん意識が高いんだなぁという印象を受けました。
それはともかく、自分の無知を思い知らされた次第ですので勉強頑張ります。
講座が終わった後、國學院の神社に詣でてきました。いやぁ、いい神社ですね、あそこ。構内にあるのにひっそりとしていていい佇まいでした。

自宅の最寄り駅に帰って、いつもお世話になっている近所の古本屋さんにて、続日本紀三巻を購入。四巻が欠けていたのが惜しいけれど、三冊で計900円也。日本古典文学大系の続日本紀は日本古代史ゼミ教授も評価していらしたので買えて良かった◎
國學院の神社がお祀りしている天照大神様に日頃の感謝をお伝えしたのが良かったのかな? 頑張りなさいと云われているような気がします。BhEExw-CUAA6dQ7.jpg

さっそく続日本紀をぺらぺらとめくっていたら、文武天皇四年三月己未に面白い記事があった。道照という僧が亡くなって、日本で初めて火葬を行ったというもの。その僧は玄奘に師事して別れ際に鐺子(なべ)を贈られるんだけど(ちなみにその鐺子を使って煮炊きした料理は万病に効くという)、帰国の船に乗っていたら海神が鐺子を欲して船の行く手を阻むので仕方なく鐺子を海に投げ入れると、船が進み出して日本に帰れたという逸話が乗っていて興味深い。註によると遣唐使船には主神と陰陽師が乗船することになっていたとのことで、当時の宗教観の一端が伝わってくる気がする。
こういうものにばかり惹かれてしまうのはもはや私の性ですね。
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夕星桔梗

Author:夕星桔梗
元日本古代史ゼミ所属。作家志望のアマチュア物書き。

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