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新日本風土記 白川郷

奥飛騨の深い山の谷間にいつから人が住み始めたのか定かな記録はないが、古来より脈々とこの地で人々の暮らしが営まれてきた。
世界遺産にも登録された合掌造りの民家が現れたのは江戸時代なかば。養蚕を目的に考案された幾層にもなる茅葺きの家屋は、本来の役割を終えた今も114軒が残り、そこに人が暮らしている。
雪に閉ざされる長い冬が近づく。屋根の葺き替え、雪囲い、漬け物作り、火事への備え、祭り・・・集落が一つになる。それは、厳しい冬を幾度も経ることで培われた“結”の姿。
山あいの小さな集落の冬支度を見つめ、時代が移りゆくなかで変わることなく受け継がれている人々の絆を見つめる。

<オムニバス項目(予定)>
●“結”を育む屋根葺き・・・村中で役割分担し助け合う。この作業から“結”が生まれた。
●当番がいっぱい!・・・火の用心、神社の祭礼。住民の連携が欠かせない。
●女と男の共同作業・・・女たちは保存食の切り漬け作り、男たちは風と雪を防ぐ雪囲い。
●花嫁来たる・・・冬を前に結婚式。金沢市から花嫁がやってくる。花嫁行列で祝福。
●信仰と絆・・・浄土真宗の法要行事「報恩講」。料理を分け合い持ち帰り、絆を確認。
●新年を祝う・・・元日は、春駒踊り。七福神と舞子に扮した村人たちが集落を練り歩く。

(新日本風土記公式HPより)

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今回の舞台はあの「ひぐらしのなく頃に」の雛見沢村のモデルにもなった白川郷。
白川ダム建設により、合掌造りの家々が並ぶ集落が水底に沈んだというのは実際に起こったことらしい。
唯一残った白川村荻町では、合掌造りの家々の家長たちの集いである大寄合において観光で生計を立てていくことや、合掌造りを「売らない」「貸さない」「壊さない」という三原則を取り決めた。
人々の絆、「結(ゆい)」があったからこそ、この集落は養蚕業を行わなくなった今も形を留めているのだろう。

さてここからは覚え書きを頼りに、私の関心事に沿って番組を辿ってみたい。(つまり祭礼と信仰がメイン)
まずお正月の春駒。村の人々が七福神に扮して家々を回る。

2014年新春元旦 世界遺産白川郷 春駒踊り

続いて毎年10月14・15日には「ひぐらしのなく頃に」に登場する古手神社のモデルとなった白川八幡神社で、秋の例大祭・どぶろく祭りが行われる。この祭りでは獅子役者と称される特別に選ばれた人々により獅子奉納が行われる。
祭りの様子はこちらのブログに写真が載せられているので参考までに。

最後に浄土真宗の法要行事・報恩講こと「ホンコ様」。
この行事では一年を通して保存されてきた四季折々の食材を使った精進料理「お斎(とき)」が振る舞われる。
その品数は25品。その場では食べずに、ホンコ様に参加した人々が家に持ち帰り、家族で分け合って食べるという。
番組では「行き来ができなくなる冬を前につながりあう」と紹介されていた。
人々のつながり「結」が暮らしを守り、村を守っているのだ。

私はこの番組を通して生活を観光資源とすることについて考えてみた。確かにそうして旧来の生活様式が未来に保存されるという意義は大きい。しかし生活は文字通り生き物だ。時代とともに変化していくものでもある。その変化を受け入れながら、いかに伝統ある生活様式を未来に伝えていくのか。
また生活は実際に合掌造りに暮らしている人々によって成り立っている。それを未来へと伝えていくためには、後継者となる若者の存在が不可欠だ。生活者のいない生活は、もはや人のいない過去の文化に過ぎないのだから。

また人々の暮らしの中に信仰があるということについて考えさせられた。
現代社会に生きる人々は冠婚葬祭といった儀式の中に半ば形骸化した信仰を見つめ直すだけで、暮らしの中に信仰があるわけではない。
しかし本来信仰は日々の生活の中にあり、それが祭礼というハレの場に昇華されるのだ。祭礼の場限りの信仰では神様にはきっと届かない。
生活の中に息づく神を畏れ敬う心。それこそが我々現代社会に生きる人間たちが失ってしまった最たるものなのかもしれない。

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夕星桔梗

Author:夕星桔梗
元日本古代史ゼミ所属。作家志望のアマチュア物書き。

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