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伊福部昭の世界 〜ゴジラを生んだ作曲家の軌跡〜

●『伊福部昭の世界 〜ゴジラを生んだ作曲家の軌跡〜』
NHK Eテレ 8月30日(土)] 後11:00〜前0:00 

今年生誕100年を迎えた作曲家・伊福部昭(1914-2006)。「ゴジラ」「座頭市」「ビルマの竪琴」など300本以上映画音楽を手掛けたことで知られている。土俗的なリズムが執拗に繰り返され、「血湧き肉躍る」という形容がぴったりの生命力にあふれた音楽を生み出した伊福部は、日本作曲界の先駆者であり、日本の音楽を世界レベルに引き上げた偉人である。生誕100年、そして映画「ゴジラ」誕生60周年を機に改めて注目が集まる今年、「日本人ならでは」の音楽を探求し続けたその生涯と業績、人物像を、「日本狂詩曲」「シンフォニア・タプカーラ」などの代表作の演奏も交えながら描く。

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録画していた再放送を観ました。伊福部昭は最近クラシックを聴くようになって知った作曲家だったのですが、彼の思想的背景を今回初めて知ることとなりました。
生地・北海道に根ざした作品を作り続け、東洋と西洋との文化の間で苦悩し、「大楽必易」の境地に辿り着いた伊福部昭の生涯は、これまで西洋と東洋の文化の間を行ったり来たりしている私にとっては、大きなヒントとなりました。

私は大学二年生の時に西洋近現代史のゼミに入り、半期の休学を経て三年生の後期から日本古代史のゼミに移りました。
そこには自分の根源にあるモノ(記紀神話)に回帰したいという想いがあったのですが、そうすると西洋文化というものが自分にはそぐわないものに思われてしまって、しばらくの間西洋文化から遠ざかっていたのです。(西洋の文学もめっきり読まなくなりましたし)
それでも最近はクラシック音楽を聴くようになり、ようやく再び西洋文化に触れる糸口が見えてきました。
今まではかつて自分が否定してしまったものに立ち返るのが怖かったのです。
しかし、洋の東西を超えて文化に触れることは広い視野を持つという意味でも、創作に携わるという意味でも大変重要なことなので、今後は臆せずに向き合っていきたいと思います。

さて伊福部昭の極意は「芸術はその民族の特殊性を通過して共通の人間性に到達しなくてはならない」という信念にあると思います。
単に「日本的なもの」に自らをゆだね、そこに安住しきってしまうのではなく(そういう点で「葉加瀬太郎×梅若玄祥 神に選ばれし表現者たち ~世界遺産で奇跡の競演~ 」は至極残念な番組でした)、彼は常に自らのあり方を模索し、そして「普遍性」に辿り着きました。
普遍性を持ちうるものとは、私は古典だと思っています。文学にせよ、音楽にせよ、とにかくあらゆる芸術において古典を踏まえない作品は存在しえないのです。
(あえて「伝統」という云い方はしません。「伝統」は常に作為的に作られるものなので)
古典を超えられるのは古典を踏まえたものだけです。私たちにできるのは古典の再構築であって、前衛的な芸術さえも古典を超越するという意識によって作られています。
だから自分のアイデンティティを自覚するためにも、そしてそれを超えるためにも古典作品に触れるしかないのだと私は考えます。
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夕星桔梗

Author:夕星桔梗
元日本古代史ゼミ所属。作家志望のアマチュア物書き。

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