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谷崎潤一郎「蘆刈」

吉野葛・蘆刈 (岩波文庫 緑 55-3)吉野葛・蘆刈 (岩波文庫 緑 55-3)
(1986/06)
谷崎 潤一郎

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まるで作品の構造がお能のようだなぁと読後感に浸りながら解説を読んだら、夢幻能の「江口」を意識した作品とのことで、お能好きにはたまらなかった。生まれついてのお姫様のようなお遊にかしずく夫婦という図はいかにも谷崎らしいけれど、微塵のいやらしさも感じさせない美しい作品。
それはひとえに語り手の父とその妻の静の間柄が清らかなものであったからだろう。二人がお遊に捧げる愛が混じり気なきものであったからこそ、この作品は上品な味わいをたたえているのだ。

そのような関係にあって、語り手の父のお遊への色めいた想いが語られている次の一文は際立っている。

それについてもおもい出しますのは父は伽羅の香とお遊さんが自筆で書いた箱がきのある桐のはこにお遊さんの冬の小袖ひとそろえを入れてたいせつに持っておりましてあるときわたくしにその箱のなかのしなじなを見せてくれたことがござりました。そのおり小そでのしたにたたんで入れてありました友禅の長じゅばんをとり出しましてわたくしの前にさし出しながらこれはお遊さまが肌身につけていたものだがこのちりめんの重いことをごらんといいますので持ってみましたらなるほど今出来の品とはちがいその頃のちりめんでござりますからしぼが高く糸が太うござりまして鎖のようにどっしりと目方がかかるのでござります。どうだ重いかと申しますからほんとうにおもいちりめんだといいましたら我が意をえたようにうなずきまして(…)このざんぐりしたしぼの上からおんなのからだに触れるときに肌のやわらかさがかえってかんじられるのだ、縮緬の方も肌のやわらかい人に着てもらうほどしぼが粒だってきれいに見えるしさわり加減がここちよくなる、お遊さんという人は手足がきゃしゃにうまれついていたがこの重いちりめんを着るとひとしおきゃしゃなことがわかったといいまして(…)あああのからだがよくこの目方に堪えられたものだといいながらあだかもその人を抱きかかえてでもいるように頬をすりよせるのでござりました。


そしてお遊さんが妹とその夫に乳を吸わせるシーンはエロティックな中にも奥ゆかしい気品があって、谷崎でなければこういう絶妙な雰囲気を保つことは難しいのではと感じた。「語り」を意識した文体も淀みなく、流れるようで心地いい。

しかしあるとき吉野へ花見にまいりましたせつに晩にやどやへつきましてからお遊さんが乳が張ってきたといっておしずに乳をすわせたことがござりました。そのとき父が見ておりまして上手にすうといって笑いましたらわたしは姉さんの乳をすうのは馴れています。姉さんは一(はじめ)さんを生んだときから子供にはばあやの乳があるので静さん吸っておくれといっておりおり私に乳をすわせていましたと申しますのでどんなあじがするといいましたら嬰児(ややこ)のときのことはおぼえていないけれどもいま飲んでみるとふしぎな甘いがします、あんさんも飲んでごらんといってちちくびからしたたりおちているのを茶碗で受けてさし出しますから父もちょっとなめてみてなるほどあまいねといって(…)


「吉野葛」「盲目物語」を読んで以来、個人的に谷崎の評価はうなぎ登り。
それ以前に読んだ「刺青」「秘密」「痴人の愛」「猫と庄造と二人のおんな」は谷崎って好き者だなぁという印象だったのだけど、古典を題材にした作品は見事の一言に尽きる。「春琴抄」は春琴が鼻について素直に読めなかったから読み直してみようかな。今なら真価が分かるはず。
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夕星桔梗

Author:夕星桔梗
元日本古代史ゼミ所属。作家志望のアマチュア物書き。

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