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蛇神にまつわる諸問題

「南山之下有不流水其中有 一大蛇九頭一尾不食余物但食唐鬼朝食三千暮食 急々如律令」
この場合の唐鬼とは当時流行していた天然痘を指す。
以前大学の日本古代史ゼミでこの木簡について発表したことがあったが、その時教授が「この一大蛇九頭一尾というのは八岐大蛇のことだ」とおっしゃっていた。八岐、つまり八つの股を持つ=頭が九つあるということらしい。(凍月庵 2014.02.08 )

先日ふと思い立って、袁珂『中国神話伝説大事典』( 大修館書店、1999年)で「南山」の項目を引いてみた。

【南山】
虫を「蛇」といい、蛇を「魚」という地域との境界をなす山。前漢代初期の『山海経』「海外南経」に「南山がその東南にある。この山から先では虫のことを「蛇」といい、蛇のことを「魚」とよぶ。ある本では「南山が匈結国の南東にある」になっている」とあり、西晋代の郭璞(276-324)が「虫を「蛇」といい、蛇を「魚」ということである」と注を付している。

ちなみに郭璞は私が好きな詩人なので、こんなところでお目にかかれて嬉しくなった。
先日ゼミ教授の元に相談に伺ってこの話をしたところ、推古紀に蛇を魚とみる話があるというお話を聞いたので早速日本古典文学全集の日本書紀で確認してみた。

是の年に、河辺臣を(名を闕(もら)せり。)安芸国に遣はして、船を造らしむ。山に至りて船材(ふねのき)を覓(ま)ぐ。便(すなは)ち好(よ)き材を得て、名ざして伐らむとす。時に人有りて曰く、「霹靂(かむとけ)の木なり。伐るべからず」といふ。河辺臣曰く、「其れ雷神(いかづちのかみ)なりと雖(いふと)も、豈(あに)皇(きみ)の命(みこと)に逆らはむや」といひて、多く幣帛(みてぐら)を祭(いはひまつ)りて、人夫(えのたみ)を遣りて伐らしむ。則ち大雨(ひさめ)ふりて、雷電(いかづちなりいなびかり)す。爰(ここ)に河辺臣剣案(つるぎのたかみとりしば)りて曰く、「雷神、人夫を犯すこと無(なか)れ。我が身を傷(やぶ)るべし」といひて、仰ぎて待つ。十余(とたびあまり)霹靂すと雖(いへど)も、河辺臣を犯すこと得ず。即ち少魚(いささけきうを)に化(な)りて、樹の枝(また)に挟れり。即ち魚(うを)を取りて焚(や)く。遂に其の船を修理(つく)りつ。
この年に、河辺臣を[名を欠く]安芸国に遣わして、船を造らせた。山に行って船の用材を探した。良い材木があったので、命じて伐ろうとした。その時ある人が、「雷神の憑りつく木です。伐ってはいけません」と言った。河辺臣は、「雷神といえども、どうして天皇の命令に逆らえよう」と言って、多くの幣帛を供えて祭り、人夫を遣ってその木を伐らせた。すると大雨が降って、雷鳴がとどろき、雷光が走った。そこで河辺臣は剣の柄を握って、「雷神よ、人夫を傷つけるな。我が身を傷つけよ」と言って、空を仰いで待った。十回あまり落雷したが、河辺臣を傷つけることはできなかった。そして小さな魚になって、樹の枝の間に挟まった。そこでその魚を取って焼いた。こうしてついにその船を造りあげた。

また先生のお話によれば、中国の伝説に出てくる皇帝・禹は元々少数民族のイ族で信仰されていた魚の形をした神だったのだとか。
禹といえば、数々の治水伝承が残されているけども、その中でも特に注目すべきなのが九頭の蛇である相柳を退治する話。以下、伊藤清司『中国の神話・伝説』(東方書店、1996年)より引用する。

共工の家来で相繇(そうよう)または相柳というものは頭が九つで、蛇の体をしており、とぐろを巻いている。食べ物は九つの土地で摂る。吐き出したもの、あるいは居すわっている場所はただちに沼沢になる。その水は苦く、そこには獣たちはまったく棲めない。
禹は大洪水を防ぎ、相繇を謀殺したが、流れ出した血は腥く、そこには穀物が育たない。また、その場所は水が多く、住むことができないので、禹はそこを土で三尋(約五メートル)の深さまで埋めたが、三度とも土地が陥没したので、池にしてしまった。
【作者不詳『山海経』大荒北経】

この伝説を読んで真っ先に思い浮かべるのは、やはりスサノヲによる八岐大蛇の退治伝承であろう。

「彼の目は、赤かがちの如くして、身一つに八つの頭・八つの尾有り。亦、其の身に蘿(ひかげ)と檜(ひ)・椙(すぎ)と生ひ、其の長さは谿(たに)八谷(やたに)・峡八尾(をやを)に渡りて、其の腹を見れば悉(ことごと)く常に血(ちあ)え爛れたり」
「その眼は赤かがちのようで、一つの身体に八つの頭と八つの尾があります。またその身体には日陰蔓と檜・杉が生え、その長さは谷八つ、山八つにわたっていて、その腹を見ると、どこにもみないつも血が流れ、ただれています」
【新編古典文学全集 古事記】


三浦佑之『口語訳古事記 神代篇』(文春文庫、2006年)の注釈によれば、

以下のヲロチの描写は肥の河(斐伊川)とその両岸の姿を写したものと考えられる(八つの頭と尾はいくつにも分かれた河口や支流のさまを、体に生えたコケや木は両岸のさまを、谷や尾根を渡る姿は蛇行する斐伊川の流れを、爛れて流れる血は崩れ落ちた両岸の山肌のさまを表し、赤い目はその妖怪性を強調する)。つまり、このヲロチは水の神として肥の川を象徴する自然神なのである。

とのこと。
相柳もまたそうした自然神であったと考えられる。それにしても元々魚の姿、つまり蛇神であった禹が、蛇の姿をした自然神を殺してしまうというのは面白い。そこには支配者としての神と、被支配者としての神の姿があるのだろう。この被支配者としての神の姿を追ってみるのも興味深いかもしれない。
それにしてもまた八岐大蛇に行き着いてしまった。蛇から離れようとしても離れられない、そんな蛇好きとしての業を思い知らされてしまう。蛇信仰の世界はまだまだ奥深い。
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夕星桔梗

Author:夕星桔梗
元日本古代史ゼミ所属。作家志望のアマチュア物書き。

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