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【書評】コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』



終末SFを読みたいと思っていたら、たまたま読書メーターで読友さんが感想を書いていらっしゃったので気になって図書館で借りた一冊。
今年出会った本の中でもベスト作と云えるほどの出来映えだった。
(生憎と新刊の本はあまり読まないタイプなので今年発売された本はほとんど読んでいないが)

内容としては、終末を迎えた世界で父と息子が南を目指して旅をする、という何ともシンプルな話なのだが、淡々としていながらも終始美しい文体と物語の随所にちりばめられた警句、そして「火を運ぶ」というキーワードに魅せられる作品だ。

中でも印象的なのは次の句。

すべての記憶はもとのものに改竄を加えるものだと彼は思った。例のゲームと同じだ。ある言葉を次々に伝えていくゲーム。だから控えたほうがいい。憶い出すことで加えた変更は事実と合致しようがしまいが現実性を持つからだ。

結局この小説では父である「彼」の妻、つまり「少年」の母については詳しく語られることなく物語が幕を閉じる。しかしそれこそが「彼」の思い抱く妻への想いのすべてであり、それは断片的な記憶としてしか想起されない。死者を語る「彼」はこうして自らに枷をつけてしまい、彼らの記憶に耽溺することを許さないのだ。
あるいは「彼」は記憶から解き放たれようとして死んでいった、と捉えることも可能かもしれない。
その対比として記憶をつなぐもの、つまり「火を運ぶ者」としての少年の姿がある……と考えられないだろうか。

もちろん「火を運ぶ」ということはそう一義的に捉えられる語ではない。
私は読み終えたときには少年の純粋さがすなわち人類の希望であり、彼が遺されたからこそ最後の一文の描写につながっていくと考えた。
しかし「火を運」んでいたのは主人公の親子だけではない。
この物語には終盤に登場する人物とは別にもうひとり「善き人」が現れる。
それがイーライと名乗る老人だ。彼の台詞に次のような一文がある。

神さまはいない、そしてわしらはいない神さまの預言者なんだ。

余談だが、私は映画版「屍者の帝国」を観て、そこに全く何らかの宗教性を見出すことができなかったのを残念に思った。カラマーゾフは僧侶であったし、大里化学の研究所の奥には僧侶の屍があったものの、絵としてのインパクトを感じるばかりで、死者というものを扱う際に生まれてくるはずの宗教的意識が全く欠落していたと感じた。
そこが現代の日本人らしいといえばらしいのだが(原作は未読なので大した口はきけたものではないのは承知の上で)、一方、この『ザ・ロード』では世界が滅亡しかけようとしている間際ですら神のことが話題に上る。
登場人物たちは神の不在を説きながらも、自らが神話の登場人物となっていることに気づかない。
そして出てくるのがこの台詞なのだ。よほど作者の深い意図が込められた一文だと云えよう。
ある意味神からの視点が入った一文とも取れるが、このイーライは日本で云うところの来訪神のような位置づけにも思われる。
(もちろんここで云う神とは一神教の神のことだが)

それから私が気に入ったのは次の文章だった。

それから長い年月を経て彼は図書館の焼け焦げた廃墟の中に立ち水溜まりに浸かっている黒い書物の数々を眺めた。書架はみんなひっくり返されていた。何千列にも並んでいた嘘に対する憤怒。彼は一冊手にとり水を吸って膨らんだ重いページを繰った。彼はどんな小さなものの価値も来たるべき世界に基礎を置いていることを思ってみたことがなかった。彼は驚かされた。これらのものが占めていた空間自体が一つの期待であったことに。彼は本をその場に落とし最後にもう一度周囲を見まわしてから冷たい灰色の光の中へ出ていった。

ここにも作者から発せられた強いメッセージ性を感じる。おそらくそれは本というメディアに対する厚い信頼と、地球が滅亡してもなお遺り続ける場所であってほしいと願う気持ちが結晶化したものなのだろう。本好きとしてはこういう文章があるとぐっと物語に引き込まれてしまう。
この記憶は断片的なもので、夢なのか現実なのかも判別しがたい。それでも敢えて言葉を割いたということに意義があると感じた。

これらの引用からも見て取れるように、この小説のベースとなっているのは、おそらく人類への願いや祈りというものなのだろう。
いかなる状況にあっても希望の火を絶やさずに生きていこうとする親子と、ひいては人類全体への祈りがベースとなっているこの物語は、それそのものがひとつの希望なのだと思う。
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夕星桔梗

Author:夕星桔梗
元日本古代史ゼミ所属。作家志望のアマチュア物書き。

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