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【感想】屍者の帝国【一周目】

屍者の帝国

※鑑賞時の時点で原作は未読
※ネタバレを含みます




正直なところ、観ていてとても疲れる映画だった。
と云ったらもうちょっと他に云うことはないのか、と笑われるだろうか。
物語の筋書きを主人公とともに追う映画というよりは、アクションや映像(音楽含む)で魅せる映画だったのかなぁというのが端的な感想。
魅せるというよりは、まあ屍の群ればかりが目について気味が悪いと評した方がより一般的かもしれない。完全にゾンビ映画のノリになってしまっている。(と云ってもゾンビ映画を観たことはないのだけれど)

なぜなら話の筋を追っていく努力はエンディングとともに放棄せざるを得なかったから。
フライデーの語りとラストシーンのホームズとともに活躍するワトソンの姿はあまりに乖離しているうえに、魂の在処を求めて行動を共にし、セカイ系でいうところの「セカイよりあなたを選ぶ」という決断をしたワトソンはフライデーをあっけなく捨て去ってしまう。
ただし捨て去るという表現が正しいのかどうか、私には判断がつかない。
こちらのサイト(http://wakatake-topics.com/?p=2680)を参照したところ、

“端的に説明すれば、ワトソンは「真実を知るため(後述)」に自らの体である実験を行ったのですが、結果としてワトソンはそれまでの意思(≒記憶)を失ってしまいました。
一方、結末のシーンで微笑んでいたフライデーはいつしか意思(≒魂)を手に入れていて、原作小説的にはワトソンの失われた意思を探しにいきます。“

と書かれていた。

あまりにエンディングに重要な要素を詰め込みすぎてしまっていて、原作を知らない観客には意図が掴めなかったのでは、と思う。そもそもフライデーの魂を求めて旅をしたはずなのに、「いつしか(つまりいつの間にか)魂を手に入れているフライデー」というのは辻褄が合わない。あの旅は一体何だったのか、ということになってしまう。
こちらのサイト(http://jabuken.blog.fc2.com/blog-entry-912.html)を参照してみると、

それとも生きたまんまフランケンシュタイン博士のデータ消滅させて屍者になったよの意味?
→まあ、そういうことです。
正確にはビクターの手記を消滅させる為に=今回みたく悪いことに使うやつがいるからデータ残さず消す為に、自分の中にビクターの手記を入れて、屍者になりました。
フライデーは、あの書いてたメモが新しい記憶になって、新しい魂のフライデーになりました。エンドロール後に望遠鏡でのぞいてたフライデーは新しい魂のフライデー。新しい魂くれてありがとうワトソンと思ってるから、微笑んでる。

と書かれているのだけれど、これが事実だとすると、あのエンディングではますます意味が伝わらない。エンドロールの台詞と映像だけで物語ることは果たして正しかったのかどうか、と考えざるをえない。

強いて評価するとするなら、スチームパンクな世界観はよく表現されていた、と思うけども、映像化することでかえって伝わらなかったものもたくさんあったと感じた。原作と映画がそれぞれ異なる作品だというのなら、映画はそれ自体で物語が独立(つまり物語として辻褄が合っていて、それがきちんと原作未読の鑑賞者に伝わっている)し、完結しているべきだ。
共に鑑賞した彼氏が「この人たちはストーリーを作りたいんじゃなくて、映像を作りたかったんだろうな」と云っていたのが最もこの映画を的確に示していたと思う。
とはいえやはり原作を読んでみないと何とも云えないところが多いので、後日原作を読んでみることにしたい。
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夕星桔梗

Author:夕星桔梗
元日本古代史ゼミ所属。作家志望のアマチュア物書き。

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