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【鑑賞】蔵王権現と修験の秘宝展@三井記念美術館

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昨日は久しぶりに三井記念美術館へ。
こちらの美術館はたまに仏教系のそれも凝った展示をするので、見逃せないのですよね。
たとえば2012年の「琵琶湖をめぐる近江路の神と仏 名宝展」。
近江といえば観音様が有名ですが、観音様好きな私にとっては未だに時折図録を見返すほど素晴らしい展示でした。

そして今回は「蔵王権現と修験の秘宝展」。
修験道についてはほとんど知識がなく、大和は吉野の方で修験道が未だに息づいているという漠然としたことしか知らなかったのですが、今回の展示では藤原道長が納経した経文の経筒(国宝)からも分かるように、

平安時代には宇多上皇や藤原道長・師道に代表される皇族や貴族たちがこぞってこの地に参詣する金峯山詣(御嶽詣)が行われた(田中利典「金峯山寺と修験道」『特別展 蔵王権現と修験の秘宝 天空の神と仏の世界』三井記念美術館、2015年、p79)

そうです。

そういうこともあってか、都内ではなかなか観る機会の少ない平安仏が数多く展示されており(そのほとんどは蔵王権現でしたが)、鎌倉時代以降の作風と比べてみてもおおらかな趣が伝わってきました。そういう意味でも今回の展示は意義深かったと感じています。
本当はもう少し京都・奈良方面に足を運んで平安時代以前の仏像も拝観してみたいところですが。

そして何より今回興味を惹かれたのは蔵王権現や女神の鏡像でした。これまで銅鏡というと仏の姿を立体的に彫ったものは観たことがありましたが、それは中国漢代以降のもので、線刻したものは観たことがなかったのです。

図録によりますと

古鏡の中に、稀に鏡面に線刻や墨画で神像や銅像を表したものがある。今日、この神仏像等を鏡像と呼び慣わしている。こうした鏡像は当時の密教における修法の際に用いられたものと考えられている。わが国の鏡像は、初期の唐鏡や唐式鏡に集合尊を表したものと、後に現れた和鏡や鏡像用にしつらえたとみなされる鏡(儀鏡という)に独尊像を表したものとでは、鏡胎(鏡の地となる本体)や尊像の表し方に違いがある。これは御正体としての鏡像が、もともとは修法の具であった鏡像から、その用途の変化に伴って姿を変えたものであることを示していると思われる

とあります。

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確かに展示された鏡の中には八稜形の鏡胎を持つものもあり、唐代の八稜形の鏡との類似性も垣間見えます。もっとも唐代の鏡は漢代のものよりも意匠性に富み、用途にせよ鏡面に施された彫刻にせよより世俗化されていきますが(写真参照・貼銀鍍金双鳳貌八稜鏡・唐代・五島美術館所蔵)、日本ではその鏡に線刻で神仏を描いたということで相違性があって面白いです。
銅鏡のことをもっと知りたくなりました。


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と、美術館を出ると気になる展示のパンフレットが。
私は和鏡よりも断然中国鏡の方に興味があるのでぜひ行きたいところですが……兵庫……遠い……。
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夕星桔梗

Author:夕星桔梗
元日本古代史ゼミ所属。作家志望のアマチュア物書き。

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