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【書評】石川淳「八幡縁起」(再読)

■石川淳「八幡縁起」(『紫苑物語』講談社文芸文庫所収)


前回読んだ時にはひとつの物語として味わったが、今回は日本神話という着眼点で再読。
改めて読んでみると、随所に古事記からの影響が看取できる。

文体
ひらがなを多用した文体は古事記を想起させる。むろん古事記が編纂された当時にはひらがなは存在しないが、万葉仮名という意味では、漢語を元にした日本書紀とは大きく異なる。これは古事記が文字として読まれるよりも誦習という形で伝わったというところに起因する、と三浦佑之氏は書いておられる(注1)。
ひらがなを多用することで、古事記における万葉仮名と同じく日本語の「音」のリズムを生み出す効果があるのは確かだろう。

長歌

堅岩の
大室屋の
岩ぶすま
堅き誓に
すくすくと
わが出て行かば
青山に
綾垣なす
草ぶすま
さやぐが下に
若草の
つまの真玉手
玉手さしまき
ぬばたまの
夜ごとに寝む
朝日の
のぼるも知らに
さ野(ぬ)つ鳥
とよむも聞かずて
三つ栗の
中の色濃く
沫雪の
わかやぐ胸を

かきいだき
いだきたわむれ
股ながに
裳をなさば
よらしな

これは石別の娘、鮎が詠んだ歌だが、「沫雪の~胸」はヌナカハヒメの返歌

あをやまに 日がかくらば
ぬばたまの よはいでなむ
あさひの ゑみさかえ来て
たくづの 白きただむき
あわ雪の わかやるむねを
そだたき たたきまながり
またまで たまで差しまき
ももながに いはなさむを
あやに なこひきこし
やちほこの 神のみこと
ことの 語りごとも こをば(注2)


に共通点が見いだせる。

登場人物
・石別の妻
正体は白蛇、ということで蛇と関わりの深いイクタマヨリビメやヤマトトビモモソヒメを彷彿とさせる。
石別の妻は蛇と女とが一体となっているのが面白い。

・男装の玉姫
ここはやはりスサノヲを迎え撃つ際に男装したアマテラスを想起せずにはいられない。

・武
父王へのエディプスコンプレックスを抱き(母は出てこないが)、王位を争う兄を殺すという構図は神話の類型としてよくあるもの。
特に兄との王位争いは崇神天段の日嗣の決定の場面など古事記には多々見られる。


そしてもうひとつ見逃せない要素である山の民=木地師という構図は柳田國男の山人論の影響が看て取れる。
さらに彼らが里の人間たちに対して「まつろわぬ民」であることには神話的要素が多分に含まれていると云っていい。

この物語は被征服民から見た支配者の歴史とも云えようし、あるいは神話から歴史へと変換していくさまを物語へ落とし込んだ見事なパロディとも云えよう。

また神というものに着眼してみるならば、荒玉と広虫の次の会話が鍵となろう。

「いつき祭らねばならぬのは、かの名なしの神じゃ。」
「なんと。敵なる神を。」
「さきほどのあやかしを見て、おそれのこころを兆したとでも、おもいおるか。左(さ)にあらず。聞け、広虫。われら、わずかにこの尺寸の地をえたのみにて、小成にやすんじてはならぬ。国はまだまだひらけるぞ。いや、ひらいて見しょう。国つくりはこれからじゃ。打ちしたがえるべき山山は数かぎりない。行くところの地には、かならずやその地に古き神神はあろう。またその神神を信ずるやからがあろう。力なき神は取るにたらぬ。ひとに畏怖の念をいだかしめるほどの神ならば、取ってもってわが神とすべし。すなわち、その神を奉ずるやからのこころを取ると知れ。そのやからとても、ひらけゆくわれらの国の、あらたに附く民じゃ。神も人も殺すべきものは殺し、生かすべきものは生かせ。これを生かして使えば、いつかはわれに利があろう。みだりに功をあせるな。大国を治めるの法は、今までのごとき尺寸の地のあらそいとはちがうぞ。かのほろびた山の神をいつき祭るというは、やがてわがものとする四方の山を治め水を治めて、ひろく国つくる手だてとはさとらぬか。」

これはまさに被征服民の神を征服者が祭祀という形で支配する構図に他ならず、古事記で云えば崇神天皇によるオオモノヌシの祭祀に象徴されるだろう。

こうした結果この物語でいう「八幡神」が生まれ、源氏などの支配者によって奉祭されていくものの、被征服民である山の民は意に介さないと物語られるのが面白い。

「げに、われらの大神につかえるためにこそ、みこころを世にひろくこなおうとて、おれは岩屋を出て武者とはなったぞ。大神につかえる道、おれもこたりはせぬ。」
「なにをもって、つかえるというか。」
「武をもって。」
「武をもってつかえるは、われらの大神ではない。」
貞光、いぶかしげに、
「異なことをきくものじゃな。八幡といえば、武の神ではないか。これもとより、むかしながらのわれらの大神。」
老人、かぶりをふって、
「なに、八幡。知らぬ。いずれの神じゃ。われらの大神には、もとよりおん名は無いものを。」

石川淳による日本神話へのある種の皮肉とも取れる。
神話が古事記という形で編纂される以前、つまり歴史以前の時代にはおそらく名もなき神々がごまんといたのだろう。
石川淳は「八幡縁起」を通じてその神々を描き出そうと試みたのではなかろうか。


注1:三浦佑之『口語訳 古事記 神代篇』文春文庫、2006年、272頁。
注2:注1文献、120-121頁。
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【書評】山尾悠子『増補 夢の遠近法 初期作品選』 感想メモまとめ




「夢の棲む街」
まさに奇形静物博覧会とでも云うべき登場人物たちと、ちりばめられたフェティシズム薫るモチーフ(星座・奇形の天使・人魚など)にうっとり。『ラピスラズリ』の雰囲気とはまた違う山尾悠子の世界を味わえて大いに満足。
最後は伝説にも出てきた水没ENDかと思いきや裏切られた。
あるいみ建築物フェチな山尾悠子らしいかな、とも思う。
この作品に合う音楽はクラシックではなくmatryoshkaかなと思う。
特にzatracenieのジャケットは奇形の少女のコラージュだし。



月蝕
このひとの描く日本はあまり好きになれないというか、どこか俗っぽい文体だったこともあり、またストーリーの展開もありきたりだったので期待はずれだった。
この作者にはやはり幻想の中の西洋か架空の国が似合う。建築物フェチな一面を発揮するには日本は不釣り合いだし。
それから少女の夢をどう活用するのかなと楽しみにしていたのだけれど、ひとつのファクターとしてしか表現されていなくて肩すかしを食らった気分。
もちろん主人公の前に現れた少女そのものが幻だったという意味では幻想性を付与しているけれど、私だったらもっと違う風に料理するかなぁ。


ムーンゲイト
もろに私好みの一作。
蛇モチーフとか月とか水上都市(しかも宗教都市)とか。
キャラクターも魅力的だし、読みやすさを兼ね備えながらも山尾悠子らしい世界が広がっている。
世界の崩壊はこのひとにとってやはり大事なテーマのようで、だんだん先が読めるようになってきてしまったけれど、それでも読ませる力を失わないのが山尾悠子という人の力量を示している。
それから月に関して云えば完全に西洋的思考(狂気や死の象徴)に基づくものだなぁと感じた。


遠近法
小説という体裁を半ばかなぐり捨てつつも、まるでいにしえの伝承のような、ひとつの神話のようなスタイルを感じさせて好印象な一作。
円筒形の巨大な建築物は誰しも一度は夢想するのだなぁとしみじみ思った(私もかつて妄想したクチである)。
やはりこの作品も崩壊END。
ここまで来ると山尾悠子を崩壊へと駆り立てるものは一体何なのだろうと興味をそそられる。
カタルシス? それだけでは語れないような気も。


パラス・アテネ
足の萎えた少年神が輿に載せられ、あるいは人の腕に抱かれて他の土地神を滅びへと追いやり、年を重ねてもその力は衰えることなく、商隊から王宮、そして千年帝国へと金品で取引され、挙げ句の果てに彼が赤い繭の正体、つまり破壊神となる……。
まさにこれぞ神話、と云わざるを得ないが、設定だけこうして書き出してみると明らかに山尾悠子のこじらせぶりが分かる。(褒め言葉)
まさかこんなに美味しい作家だったとは思いもしなかった……。山尾悠子おそるべし。
そしてこの物語には続きがあるらしい。いずれも作品集成に収められているとのことだが、残念ながら未完だという。
また未完の傑作を知ってしまった……。


童話・支那風小夜曲集
私が書きたいのはこれだったのだ、と思わせるシノワズリ風の掌編群。
特に風俗の描写の美しさに魅了された。
全編をとおして佳作に仕上がっているが、なかでも中国の吸血鬼の話や纏足の貴公子の話などは山尾悠子ワールド全開といった様相を呈していて惹きつけられた。
中華趣味の話は私もこれからどんどん書きたいと思っていたところだったので、励ましをもらったように思う。
執筆意欲のないときに再読したい。
そしてこの作品はどこか倉橋由美子の短編を思わせる。両者の影響関係に関してはネットで聞きかじった程度だが、なかでも『酔郷譚』や『倉橋由美子の怪奇掌編』はスタンスとしてはかなり近いのではなかろうか。


私はその男にハンザ街で出会った
ホモきたーーー。
このほのかに薫るエロスのにおい……たまりません。
建物フェチは相変わらずでエレベーターに落とし込むラストが憎い。
良質な幻想BL小説にまたひとつ出会ってしまった。
「ムーンゲイト」の銀眼、「パラス・アテネ」の豺王の描写を読んでいて、腐女子の萌え所のツボを的確に突いてくるので「このひともしや……」と思っていたのだけれど、やっぱり山尾悠子、腐女子だったのね。
おいしゅうございました。


月齢
山尾悠子、少年神(それも美少年)好きすぎだろう……と思いつつ読んだ。
「透明族~」にも通じるような侏儒の気持ち悪さは折り紙つき。
どこからこうした発想が生まれてくるのやら……悪夢的ですらある。
思うに山尾悠子の小説は一種の悪夢譚(そんな言葉はないが)だと思う。


眠れる美女
眠れる美女といえば真っ先に浮かぶのは川端康成の同題作だが、こちらは童話チックな語り口になごみつつ読み進めていくと、物語は美から醜へ急展開を魅せる。
美と醜、エロスとタナトス――対立する二つの事象が奏であうのはそれでもやはり美なのだ。


天使論
まさかここでバルザックの「セラフィタ」が出てくるとは……ちょうどバルザックを読んでいる彼に教えてもらったばかりの小説だったからタイムリーだった。
洋館建築をテーマにしている分、同じ日本が舞台ではあっても「月蝕」よりは好感触だが、掌編にしてはそこまでキレがない。
山尾悠子は中編~長編向きの作家だと感じた。


山尾悠子の作品にぴったりだと感じたBGMはこちら。


一昨年前の記事で紹介したので詳細はゆずるが、この雰囲気といい曲調といいまさに山尾悠子の世界。
山尾悠子の作品がお好きな方、世界観に浸りたい方にはおすすめしたい。

【読書録】2015年12月の読書録

2015年12月の読書メーター
読んだ本の数:5冊
読んだページ数:1481ページ
ナイス数:86ナイス

ジャスミンおとこ―分裂病女性の体験の記録 (1975年)ジャスミンおとこ―分裂病女性の体験の記録 (1975年)感想
おそらく今年最後の読書となる一冊。原稿の参考になればと読みはじめ、最初の30ページほどは断続的な文章に戸惑ったものの、そこからだんだんシーンの飛躍が心地よくなりのめり込むようにして読了。まるで幻想的な映画を観ているかのような読書体験はかつてないほどの酩酊感をもたらした。あるいは著者と同じ病を患っているゆえなのか、著者の抱える性別違和や幻覚的な男性への思慕は共感を伴って心の中に染みわたってくる。奇書と云えば奇書であろうが、病めるものだけが書きうる世界がここにはある。
読了日:12月28日 著者:ウニカ・チュルン
あなたも宇宙とつながっている――今、伊勢神宮に魅かれる理由あなたも宇宙とつながっている――今、伊勢神宮に魅かれる理由感想
去年知り合いのご婦人に贈っていただいた一冊。ほぼ一年ぶりの再読でしたが、何度読んでも新たな発見が。今回読んでドキっとしたのは、トラブルが起きたときには「何かに知らせることがあって、それが起こる」というメッセージ。ここのところ人間関係のトラブル続きだったのでどうしたのかなぁと思っていたのですが、近しい人たちへの感謝が足りていなかったことに気づきました。気づいたならすぐ実践。感謝を言葉や行動で形にしていきたいです。
読了日:12月20日 著者:浅見帆帆子
死者の棲む楽園―古代中国の死生観 (角川選書)死者の棲む楽園―古代中国の死生観 (角川選書)感想
創作の資料として読んだ本。大学時代からずっと海上他界(ニライカナイ、常世の国など)にあこがれているからか、やはり崑崙山よりも蓬莱山に惹かれてしまう。蜃気楼のイメージや浮き島伝説が複合的に絡み合って蓬莱山の伝説が生まれたというくだりは興味深く、日本でいうところのみみらくの島もあるいは蜃気楼の幻想から生まれたのだろうかなどと妄想した。またシャーマニズムとも深く関わる問題でもあるので、分散していたかに見えた自分の関心は聯関しているのだなぁと改めて実感できて良かった。
読了日:12月17日 著者:伊藤清司
古代中国人の不死幻想 (東方選書)古代中国人の不死幻想 (東方選書)感想
『捜神記』や『山海経』など数多の漢籍を引用しながら中国古代人の神仙思想を体系化した一冊。名だたる漢籍のオンパレードと始皇帝から漢の武帝、曹操や孫権、嵆康、陸機と古代中国の著名人の神仙観を垣間見られるだけでも楽しい。創作の下敷きにと思って読み始めたものの、いつの間にやら漢籍の織りなす奥深い世界にぐいぐい引き込まれてしまった。思うに書誌学などに関心のある人は漢籍に触れてみれば楽しいのではないだろうか。引用文化とも云うべき引用が入れ子構造になっている世界は覗くだけでも興奮してしまう。
読了日:12月3日 著者:吉川忠夫
屍者の帝国 (河出文庫)屍者の帝国 (河出文庫)感想
諸々書きたいことはあるのだけれど、ひとつ云いたいのは「良くも悪くもこれは円城塔氏の作品とでも呼ぶべきで、そこに伊藤氏の「魂」の希求はもはや見られない。『ハーモニー』を読んでいて確かに感じたはずの伊藤氏の「叫び」はこの作品には感じられなかった。そこが最も残念な点であろう。いくらふたりが友人の間柄であったとはいえ、未完の作品は未完のまま終わらせることも情けではなかったのだろうか」ということ。そういう点から考えて円城塔に執筆を依頼した編集部はあまりにお粗末だったと感じる。ある意味死者への冒涜とも云っていい。
読了日:12月2日 著者:伊藤計劃,円城塔

読書メーター


すっかり先月分のまとめを書くのを忘れていました。
先月は学術書を2冊読めたのがなによりも収穫でした。
小説を書き始めたこともあってその参考資料として読みましたが、得るものも大きかったし読み物としても充分楽しめたのでよかったです。
今年はこの調子で学術書の積読本の山を崩していきたいところですが、さてどうなることやら……。

またウニカ・チェルン『ジャスミンおとこ』をようやく読めたのもよかったです。
数年来読みたいと思っていたのですがなかなかご縁がなくて……。
ようやく出会えたと思ったら表紙に度肝を抜かれましたが、これは夫のハンス・ベルメールの人形の下絵なんだとか。
ある意味この本にぴったりな表紙ですね。
でもこの本のおかげで幻想文学を読む素地がようやくできあがりましたし、先日はやっと山尾悠子『ラピスラズリ』を読了できました。
実は数年前に「竈の秋」で挫折したきりだったので。
今は山尾悠子『夢の遠近法』を読んでいます。
一つひとつの作品を味わう楽しみを与えてくれる本当に素晴らしい一冊です。

【美術鑑賞】世界のブックデザイン 2014-15@印刷博物館 P&Pギャラリー

彼の提案で「世界のブックデザイン」展へ。

どんなものが観られるか楽しみにしていたのですが、期待を裏切らないというか期待以上のブックデザインの数々を目にすることができて嬉しかったです。
私はデザイン関係の仕事をしているというわけではありませんが、もともとデザインやフォントを含め、本の装丁に興味があったので今回の展示ではいろいろと刺激を受けました。

数ある本の中でも目に付いたのはモノクロの装丁のもの。
表紙がモノクロだったりモノクロの写真を全面的に使っていたり……そんな本に惹かれましたし、ミニマムな表現というものについて考えるきっかけをもらいました。
モノクロに惹かれる理由は何なんだろう、と考えていたのですが、それは「現実(今という時代そのもの)」から逃避することを志向する私にとってモノクロは最も端的な逃避手段であり表現手段なのかもしれない、と思い至りました。

そしてふとモノクロの写真を撮ってみるとまた違った世界が見えてきそうだな、と思いつきました。
今回展示された写真集の中にも見る者の不安を掻き立てるようなモノクロの写真が集められた一冊があって「こういう主題のよくわからないものの方が自分の心象風景を的確に表現できるのかもしれない」とも思ったのでした。
写真というものの表現の可能性を垣間見た気がして、収穫のある展示だったなと感じています。

収穫といえば、なによりも中国のブックデザインの洗練されたセンスを目の当たりにできただけでも大いに得るものがありました。
中でも気に入ったのは「湘夫人的情詩」と題された詩集。紫をキーカラーに、繊細な花々とともに漢詩が品よく並んでいるさまは美しかったです。
他にも敦煌をテーマにした本は古典籍をイメージしたような装丁だったり、紫禁城をテーマにした本はユーモアに富んでいたりと、見所の多い本が並んでいました。
中国のブックデザイン賞は装丁だけでなく「中国の文化を伝える本」を選考対象にしているそうで、選考対象外の本にもきっと秀逸な装丁の本がたくさんあるのだろうと思うと夢が広がります。

彼は中国の愛書文化を指摘していましたが、云われてみれば中国は書籍を愛好する文化が連綿と受け継がれてきたのですね。
(そういえば私が気になっている本に『書誌学のすすめ―中国の愛書文化に学ぶ』という本があったのを思い出しました)
一昨年のトーハクでの故宮博物院展でも四庫全書などが展示されていたのが思い出されます。
現代でも形を変えてそうした愛書文化が引き継がれているのは頼もしくもあり、また中国へのロマンを掻き立てます。

日本のブックデザインは残念ながらこれといったものが見当たらず……。
昨年出た泉鏡花(作)/山本タカト(画)『草迷宮』特装版も展示されていたのですが、私は入手できなかったこともあって想像をたくましくしすぎたらしく、現物のデザインにはがっかりしてしまいました。もっと重厚感のあるデザインだと思っていたのです。
小口がライムグリーンだったのがなによりもがっかりポイントだったかもしれません。

池澤夏樹訳の『古事記』もそれほどでもないような……。
もっとデザイン性に秀でた本はたくさんあるはずなのに、どこか出し惜しみしているのかな? という印象を受けました。
唯一はっとさせられたのは森山大道の『ヴィヨンの妻』をイメージした写真集。
実は観たかったにもかかわらず観そこねてしまった展示の写真集でもあったこともあり、またモノクロ写真であったこともあり、強く心惹かれました。
森山大道、前から気になっていたのですがなかなか写真を観る機会がなくて。
もっと写真展にも通ってみたら違う刺激を得られるかもしれませんね。


そして展示を観終えたのち、自分の本棚でブックデザイン賞を選ぼうと彼と企画し、さっそくやってみました。


1|やなぎみわ『Fairy Tale』
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少女と老女が織りなす、おどろおどろしい『暗黒童話』の世界。
朝日新聞の書評にも取り上げられたこともある、インパクト大な写真集です。
赤い表紙がひときわ目を引き、中身はモノトーンで構成されているデザイン性の高い一冊。
どうも私はモノクロ+赤の色彩がいっとう好きなようです。



2|玉三郎“美”の世界展 図録
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云うまでなく当代随一の女形・坂東玉三郎の写真展の図録。
図録にしては函入りと手が込んでいるうえに、表紙のデザインにはっと惹きつけられます。
中身の写真の配置もこの通り。さながらカタログのようになっています。
歌舞伎だけでなく舞台衣装や小道具の数々など、これ一冊で坂東玉三郎の歌舞伎役者人生を知ることができる一冊に仕上がっています。



3|北原白秋『思ひ出』
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彼の柳川土産としてもらった一冊。
掌サイズのレトロなデザインに白秋の叙情豊かな詩の世界が広がります。
白と赤を基調としているところが童話チックで愛らしい本です。



4|ジョルジュ・バタイユ『眼球譚』
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バタイユといえばこの本、と思い出す方も多いのではないでしょうか。
なんといってもこの函のデザインが目を引きます。
黒をベースとしたモノトーンデザインの本は重厚感があってやはり映えますね。
私は残念ながら『眼球譚』を光文社新訳文庫版で読んでしまったので、こちらできちんと読み直したいところ。
実はこの版は未読です……。

いかがだったでしょうか?
私は実際に自分の本棚の本でやってみて、ますます本への愛着を掻き立てられました。
これからももっともっと本を愛していきたいです。
プロフィール

夕星桔梗

Author:夕星桔梗
元日本古代史ゼミ所属。作家志望のアマチュア物書き。

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