スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【紀行】2015.07.28~07.30 近江旅行

彼氏と07.28~07.30の三日間、近江旅行へ行ってきました。
まずは彼氏たってのご希望で永源寺へ。
かなり山深いところにあるというお寺だけあって、交通の便も悪かったのですが、こうした山川の景色というのは心落ち着きますね。
辺りにはひぐらしがたくさん鳴いていて、ひぐらし好きな私としてはたまりませんでした。

11811450_1660465497509752_1458508405813158913_n.jpg

11694842_1660465537509748_2643303424107958493_n.jpg

11705287_1660465550843080_7267165252772777157_n.jpg

11800350_1660465647509737_8383453721587993263_n.jpg

長い階段を上っていく途中、急な斜面にはだるまさんが彫ってありました。こうも数があるとなかなか不気味ですね(>_<)

11705165_1660465660843069_42663334626813224_n.jpg

11221408_1660465514176417_5519128367714297446_n.jpg

階段を上りきったところで拝観時間を過ぎていたことを知り、私以上に永源寺に行きたがっていた彼氏が気の毒でしたが、麓の露店にいらっしゃった地元の方々と語らうことができました。そういう意味では良かったのかなと思いますが、今回は彼氏共々悔しい思いをした旅でした。(私は二日目に悔しい思いをすることになります)
そういえば去年行った奈良でも地元の方と触れあったよね、と話ながら帰りのバスを待ち、宿へ帰ったのでした……。
スポンサーサイト

【紀行】2015.07.17~07.19 家族で京都旅行 弐

3日目は金閣寺→竜安寺→仁和寺→建勲神社へ。

11705162_1658105927745709_8846749816056655999_n.jpg

11755803_1658109171078718_4790050364685938511_n.jpg

まずは金閣寺へ。
こちらも訪ねるのは二回目だったのですが、やはり凜とした佇まいが美しいですね。
ぱっと目を引く美しさという点ではやはり金閣寺に勝るものはないでしょう。
金閣寺に来る度に三島由紀夫の『金閣寺』を思い出してしまいますが……。
御朱印もいただくのは二度目でしたが、こちらのブログには載せていなかったので載せておきます。

11755795_1658106484412320_111533483882951781_n.jpg


10155375_1658106507745651_5106814020761239173_n.jpg

11755737_1658106504412318_8729241693182484415_n.jpg

10407752_1658109307745371_1490796135475472583_n.jpg

続いて竜安寺へ。こちらの石庭も去年訪ねたのですが、その際に15個の石が並んでいると聞いたのですが、この目で確かめることはできませんでした。
何度数えても15個にならないのです。ネットで検索してみると、

東洋の世界では「15」という数字は完全を表す数字。どの角度から眺めても必ず1個の石は隠れて見えないように作られている庭はつまり「不完全」な庭ということになります。

そこには、自分自身を見つめて、常に足りないものを見つめ、今の自分に常に感謝する心を忘れてはならないという思いが込められているのです。(京都・龍安寺の見どころまとめ!石庭を見に行く前に知っておきたい事、総まとめより)

ということでした。
去年彼氏と行った際には禅宗に詳しい彼氏から石庭のあれこれを聞いたのですが、石庭というのは宇宙を表しているのだとか。
そこに並ぶ石は島や山を表しているそうです。
このお寺に来て石庭を眺めているととほっと心が落ち着きます。個人的にとても好きなお寺のひとつです。


11233336_1658106707745631_3059842383022157299_n.jpg

11700927_1658107164412252_2944076946530307972_n.jpg

11223483_1658106927745609_4676120884477421930_n.jpg

11760262_1658106881078947_7910548053260683722_n.jpg

11014821_1658109304412038_6164426399787501672_n.jpg

続いて仁和寺へ。
ここも去年訪ねたお寺だったのですが、去年巡ったお寺の中で一番印象に残ったお寺でした。
石庭もさることながら、襖絵の見事さといったら京都のお寺の中でも抜きんでているのではないでしょうか。
数の関係でここには撮った写真の一部しか載せていませんが、何度見ても襖絵に描かれた水墨画の見事さに嘆息せずにはいられません。
実は仁和寺でも「また来なさい」と云われていたので、今回再訪が叶って良かったです。「よく来た」という声が聞こえて嬉しかったです。
御朱印は阿弥陀如来。随分と荒々しい筆致ですね。インパクトがあってとても良いです。

10982040_1658107514412217_3551406867263605133_n.jpg

11755782_1658107577745544_1438851033221469858_n.jpg

11745933_1658110637745238_7183769549967281120_n.jpg

11760106_1658109354412033_8725110019601672290_n.jpg

11224620_1658109357745366_5408121957597621897_n.jpg

最後に今回どうしても訪ねたかった建勲神社です。ご存じの通り織田信長を祀っている神社で、社には宗三左文字が収められています。グーグルマップを頼りになんとか辿り着いたと思ったら、私と同じく審神者とおぼしき若い女性たちがちらほらといらっしゃいました。
参拝をしていると「よく来た」と声が聞こえて、私は往時の信長に思いを馳せつつ「どうぞ安らかに鎮まって下さい」と祈ったのですが、社殿の写真を撮ろうとしたところ、なぜかその時に限って撮った写真がいっぱいで写真が撮れない状態になってしまいました。
「なんでこんな肝心な時に限って……」と思いながら、それでも撮ったビデオを削除するなどしてなんとか撮ってきました。
そして欲しかった御朱印帳を手にすることができ、御朱印も無事にいただけました。
そこまでは良かったんですが……東京の自宅に帰ってからiPhoneが故障し、冷蔵庫も一時的に動かなくなってしまいました。(のちに冷蔵庫は復旧しました)
やはり織田信長の怨念は400年経っても未だ治まっていないのか……と思いつつ、途方に暮れましたが、データバックアップ作業中に故障したので、中のデータは何とか復元できました。不幸中の幸いでした。
もしデータバックアップをしていなかったらこうしてブログも書けなかったわけです。
iPhoneもdocomoの保障に入っていたので、無事に新しいものと交換することができました。
データ復旧ソフトと合わせると痛い出費でしたが……。
よく霊感の強い人の周囲では電子機器が壊れるといいますが、今回は寺社を巡る中でたくさん神様仏様の声を聞いたので、それも原因なのかなぁと思いました。

【紀行】2015.07.17~07.19 家族で京都旅行

2015.07.17~07.19の間、家族旅行としては初めて京都旅行に行ってきました。
特に妹にとっては初めての京都ということで定番コースを巡ってきました。
こちらのブログには昨年の奈良・京都旅行の京都編を載せ損ねたまま一年が経ってしまったので、一昨年・昨年とルートがかぶっている場所が多々あるのですが載せていきたいと思います。

まず1日目は台風の影響であいにくの雨。どこにも行けずに京都の旅館で京料理を味わいました。
2日目は南禅寺→永観堂→銀閣寺→平安神宮のルート。

11750615_1658103567745945_5051349934372407359_n.jpg

南禅寺には一昨年行ったのですが、今回初めて三門の上に登ることができました。中には宝冠釈迦座像を中心として様々な仏像が安置されています。門の上からの見晴らしも良く、すがすがしい気持ちになりました。

20103_1658103937745908_315344507430779446_n.jpg

続いて永観堂へ。一昨年前に訪ねてからというものの、今まで訪ねた京都のお寺でも一番好きになったお寺だったので、今回再訪が叶ってよかったです。

11752621_1658104391079196_1741274209966033984_n.jpg

11755865_1658104344412534_2136304881689777365_n.jpg

永観堂といえばこの木造の回廊。特にご本尊のみかえり阿弥陀像を拝観するまでの道のりが好きで、心落ち着きます。
みかえり阿弥陀像にお詣りすると、「よく来た」と声が聞こえました。仏様の声だったのでしょうか……。一昨年訪ねたときに「また来なさい」と聞こえたので再訪が叶ってよかったです。

10982611_1658109164412052_2773189967719254940_n.jpg

永観堂の御朱印。やっぱりこちらの御朱印は字体が美しくていいですよね。一昨年いただいた御朱印を見返してみるとほぼ同じの字体だったので書いていらっしゃる人が同じなのだと思います。

11781883_1658104707745831_4660132059699405264_n.jpg

11737976_1658104761079159_96624096162959088_n.jpg

さて、哲学の小道を歩きながら休憩ということで「よーじやカフェ 銀閣寺店」に行ってきました。夏の京都といえばやっぱり抹茶のかき氷ですよねぇ。一昨年も別の甘味処で食べたのですが、こちらは抹茶の渋みがよく利いていて甘すぎないところがよかったです。
かなりボリュームがあったので母はおなかをこわしてしまいましたが……。
元々は何に使われていた建物だったのか、庭はかなり凝ってました。入口からはそんなに広々として見えないんですが、入ってみるとお庭があってよーじやのお土産屋さんがあるという構造になっています。

11146513_1658104464412522_9032465692035780597_n.jpg

一休みしたところで銀閣を目指して歩いていると猫たちに出会いました。一昨年の京都旅行でもこの哲学の小道で猫を馴らしてるおじさんがいたなあ……と思い出したのでした。猫は京都によく似合いますね。

11745612_1658104827745819_3159189106922299304_n.jpg

11707331_1658104824412486_4243398930077903347_n.jpg

11751884_1658104964412472_5979136731387286404_n.jpg

銀閣寺へ。妹は小雨の降る中の銀閣寺を観たがっていましたが、残念ながら晴れていました。
銀閣寺の趣は何度来てもいいですね。人が多いのが玉に瑕ですが……まあ致し方ありません。
金閣寺もいいのですが、私としては銀閣寺の方が落ち着いた風情があって好きです。

11755099_1658109174412051_1117945047394866278_n.jpg

銀閣寺の御朱印。こちらもいただくのは二度目になります。

11174766_1658109461078689_4834426584623510028_n.jpg

銀閣寺の売店で妹と揃って母から念珠と念珠入れを買ってもらいました。紫は刀剣乱舞のへし切長谷部の藤色のイメージ、ピンクは宗三左文字のイメージで選びました。今回の京都旅行の私自身のお土産はこれと、建勲神社の御朱印帳だけでした。なかなかお土産をゆっくり見て回る時間がなかったのですよね……。我ながらちょっと渋すぎるお土産だとは思うのですけども。
彼氏と彼氏のご家族にはそれぞれ別のところでお土産を買いましたが。


11057235_1658105164412452_6750743425971444274_n.jpg

11218898_1658105221079113_8890698993280223542_n.jpg

11755787_1658105287745773_8024835592178390835_n.jpg


11057348_1658105717745730_6057807642177677529_n.jpg

11781717_1658105294412439_7514114580885143167_n.jpg

11707408_1658109167745385_6166588139227296267_n.jpg

さて最後に平安神宮へ。わりと新しい神社なので、そんなに期待はしていなかったのですが、平安神宮は今回初めて訪ねました。
とにかくお庭が広くて、中には源氏物語や枕草子に出てくる草花が植えられていました。父はお庭が見所だと云っていましたが、確かに一見の価値はあります。
ただ私はどうしても京都というと石庭のイメージが強かったので、緑豊かな庭園よりは石庭の方が好みだなぁと思ったのでした。
私の中で京都の神社といえばやっぱり八坂神社、上賀茂神社、下鴨神社、貴船神社なので次回京都を訪ねることがあれば、まだ訪ねていない上賀茂神社と貴船神社へ行ってみたいです。

【書評】石川淳『紫苑物語』



ずいぶん前にTwitterのフォロワーさんに勧められて買った一冊。
長らく「紫苑物語」のみ何度も読み返していたが、今回ようやく「八幡縁起」と「修羅」を読んだ。
まず心惹かれたのはなんといっても文体だった。私は硬めの文体を好むので、石川淳の文体はその点理想的であった。
その文体は一貫してこの作品集に貫かれているので、さながら上質な古典文学の趣が感じられる。
中でも「八幡縁起」は日本神話を専攻していた身としては特筆すべき作品で、まつろわぬ原初の神と王権やその後の権力者が奉ずる八幡神との対比が見事に描かれている。

従者をしりぞけて、貞光ひとり待つところに、岩穴の闇にゆらいで、白けむりを吹きつけるように、白髪の老人、せい高く立ちあらわれて、語気あらくいいかけるには、
「たかが椀皿の細工と、ほざきおったな。なんじ、われらの大神につかえる道をわすれたか。先祖代代、われらは木をけずって椀皿をつくる。その手のはたらきにこそ、大神のこころはこもるぞ。椀皿は旧に依ってここより里にながれ出て、ひとびとの日々の重宝となる。みこころ、また里にもおこなわれるとおもえ。この道をはずれて、われら一類いずこにさかえるというぞ。なんじ、もはや大神を拝さぬのか。」
貞光、ひるまず、
「げに、われらの大神につかえるためにこそ、みこころを世にひろくおこなおうとて、おれは岩屋を出て武者とはなったぞ。大神につかえる道、おれもおこたりはせぬ。」
「なにをもって、つかえるというか。」
「武をもって。」
「武をもってつかえるは、われらの大神ではない。」
貞光、いぶかしげに、
「異なことをきくものじゃな。八幡といえば、武の神ではないか。これもとより、むかしながらのわれらの大神。」
老人、かぶりをふって、
「なに、八幡。知らぬ。いずれの神じゃ。われらの大神には、もとよりおん名は無いものを。」

ここでいう大神とは木製の椀皿を作る職能民であった者たちの奉じていた神であったが、彼らは里とは一線を置き、さながら(時代は大きく下るが)江戸時代における木地師のようであった。(江戸時代の木地師をして柳田国男は「山人」と称したが、学術的に云えばこれは誤りであったと大学の講義で聴いたのを覚えている。)
それらの職能民が奉じる神と権力者が奉じる神との対比、そしてその神々を火をもって焼き払う高師直という構図は新たな神話と歴史の創造と云ってもいい。

紫苑物語もまた炎上オチで終わるが、どうやらこの石川淳という作家は炎にカタルシスを感じているらしい。というよりは「紫苑物語」「八幡縁起」「修羅」ともどもエロスとタナトスに主眼を置いているように思われる。そこで滅びゆくものは古い歴史であり、あとには人智を超えたもの(「紫苑物語」の場合は自然、「修羅」の場合は一休に象徴される仏)だけが残るというパターンが繰り返される。
その消滅と再生にこそ石川淳が理想とする世界があるように思われてならない。

また「紫苑物語」の千草や「修羅」の胡摩に象徴されるように、石川淳の世界において女は性の対象であると同時に男をたぶらかし、破滅に追いやる魔性の存在でもある。それは一見ありふれた女性像のようにも思えるし、一見して彼の作品は性と暴力に満ちあふれているが、美しい文体がそれを低俗さから新たな神話へと昇華させている。
そこに安っぽい感傷は一切なく、ただただ巨視的な視点をもって人の業を著述していくスタンスは、芥川の「地獄変」や「蜘蛛の糸」をも想起させる。
いや、芥川の方がより人の業というものに寄り添っているのを感じられる分、石川淳の書き方は血も涙もないと云った方がいいかもしれない。少なくとも私は読んでいてそう感じた。よりクールなのだ。

私の尊敬するアマチュアの小説家にダークール(ダークでクール)な文体を理想とする書き手さんがいたが、彼女にはぜひ石川淳を読んでいただきたい。もうつながりも途絶えてしまったので、連絡を取るすべはないのだが、彼女がいつの日か石川淳を手に取る日が来ることを願ってやまない。

【感想】トーハク常設展【三日月宗近】

11745526_1655044431385192_8758243770183169667_n.jpg
三日月宗近 太刀 国宝


11267401_1655044474718521_2349860217621025092_n.jpg
長船光忠 太刀 重要文化財

昨日は久々にひとりでトーハクへ。いつもは彼氏と行くのですが、今回は都合が合わず。
今回のお目当ては国宝の三日月宗近だったんですが、写真を撮るために待機列ができている有様で、じっくり見ることは叶いませんでした。写真を撮るよりも実物をゆっくり見たかったのですが……。
刀剣コーナーは私と同じく審神者(刀剣乱舞のプレイヤー)とおぼしき若い女性が多かったです。
もう一振りの写真は長船光忠の作。現在水戸の徳川ミュージアムに展示されている燭台切光忠の兄弟ということになりますね。
徳川ミュージアムにも行きたいのですが、なんせ今月は上洛と近江旅行を控えているのでそう散財することもできず……。

本館では他にも私の大好きな蒔絵の展示や、仏教関連の展示も充実していて(写真がいっぱいになるので載せませんが)、これだけ多様な品々を見られるというのもトーハクならではだなぁと思いました。
仏教関連の展示といえば神奈川の金沢文庫にも美術館があって、そちらにも行ってみたいと思うのですが、なんせ仏教美術に関心があるのが身内で私だけという有様なのでなかなか行けず……。
神奈川の金沢文庫、東京からだと結構距離ありますしね。

そしてもう一つのお目当ては東洋館の南宋時代の青磁。これは何度見てもいいですね。
完全に漢詩専攻の彼氏の影響で惚れ込んでしまったわけですが、以前東洋館に期間限定で展示されていた旧川端康成所蔵の南宗時代の青磁も美しかったなぁと思い出しました。
台北国立故宮博物院展でも展示されていましたね。
ミュージアムショップで思わずこの二品のポストカードを買ってしまいました。
東洋館はいつも空いているので人混み嫌いな私にとってはオアシスのような場所です。
改築されてからの姿しか知らないのですが、モダンな内装も相まって展示品が尚更美しく見えるんですよねぇ。
彼氏と行くといつも中国書画のコーナーばかり観るので(今回も観てきました)、ひとりだと他のコーナーもじっくり観られて良かったです。
今回残念ながら中国の銅鏡の展示はありませんでしたが……。また展示してくれることを願っています。

11738013_1655044511385184_7184836774932133326_n.jpg
青磁輪花鉢 中国南宋時代 重要文化財

11745494_1655044674718501_2388442715736099630_n.jpg
青磁輪花椀 銘馬蝗絆(ばこうはん) 中国南宋時代 重要文化財


さて昨日は開館時間が18時までということで、16時近くにトーハクについて、17時半ごろ出ました。帰ってから夕食を作るのも億劫だったので、最近のオムライス食べたい欲に負けて、久々にひとりごはん。オムライス、家で作ろうと思えば作れるんでしょうが、ふわとろの卵が大好きなので基本的にお店で食べる派です。
こちらのオムライスは久々に食べたのですが、ソースも相まってとても美味しかったです!
11667487_1655044804718488_4524357228662882359_n.jpg

【感想】江戸のダンディズム展@根津美術館

11236471_1654370714785897_1100546637379554894_n.jpg


今日は父も妹も飲み会ということで、母を誘って根津美術館の「江戸のダンディズム」展を観てきました。
刀剣乱舞にハマってることもあり、この展示はぜひ観に行きたかったので、平日に観に行けて良かったです。
ラインナップは江戸時代の刀剣と印籠がメインで、中には倶利伽羅龍が透かし彫りされた脇差もあり、刀剣乱舞の大倶利伽羅好きとしては胸アツでした。
先日のヒストリアが刀剣特集だったこともあり、刀の刃文に注目してじっくり刀を見ていると、近くにいたおじさまが太刀の解説をしてくださりました。
母は完全に私の巻き添えを食らった状態だったので、もともと刀剣に興味があるというわけではなかったのですが、あれこれと言葉を交わしているうちに真摯に見入っていました。

ところで残念だったのが刀剣を展示している第一展示室でカシャカシャと写メを撮っている若い女性がいたことです。
こちらも注意をしたり、学芸員さんに声をかければ良かったのですが勇気がなく……。
美術館巡りが好きな身としては許しがたい光景でした。
美術館は基本的に撮 影 禁 止です。マナーを守って鑑賞しましょう。

太刀や脇差の拵を集めた一角では、いかにも江戸時代といった趣の贅をこらした蒔絵が鞘を彩っていたり、鍔にも細かな意匠が施されていて見応えがありました。
もはや実戦刀としての価値を失ってはしまったものの、その技術は今に至るまで伝えられているのだなぁと思うと感慨深かったです。

印籠は柴田是真の面目躍如といった感があって、蒔絵好きの私の目を楽しませてくれました。
祖先が武士だからでしょうか、こうしたものを見ていると心踊ります。

第二展示室では唐詩の書が展示されていて、漢文専攻の彼氏の解説を聞きたいところでしたが、白氏文集や和漢朗詠集など私にも馴染み深い書が多かったです。
李白の七言絶句「黄鶴楼送孟浩然之広陵」は中でも有名なものでしたね。

第四展示室はほぼ常設の根津美術館が誇る古代中国の青銅器の展示。
収穫としては銅鏡が見られたことでしょうか。(銅鏡フェチなので)
ただもはや祭祀の道具としての意味合いを失った唐代のものだったので、ちょっと残念でした。
唐代の鏡は婚礼道具に使われたこともあって意匠が華やかでそれはそれでいいんですが、私はやはり漢代の鏡を推したいです。

それから第五展示室では北野天神縁起絵巻(根津本)が展示されていて、今回見られて僥倖でした。要は菅原道真が左遷されて怨霊となり、様々な怪異が起こって鎮められるまでの話です。
よく日本史の図録に載っているものとは若干違いがありましたが、根津本ということは根津美術館に伝わっている本ということですので、本によって相違があるのも不思議ではありません。
保存状態は良く、彩色も鮮やかでした。
私が専攻していたのはヤマト王権の時代なので、もっと時代が下った頃の古代史もちゃんと勉強しないとなぁと思いを新たにしました。

長くなりましたが以上が根津美術館レポです。そのあとはヨックモックでガレットを食べて青山・表参道をぶらぶら散策して帰路につきました。
久々によく晴れたのでいい一日になりました。
11692555_1654370728119229_8272976277096531947_n.jpg

【感想】歴史秘話ヒストリア あなたのココロを一刀両断 日本刀ものがたり

●本放送 平成27年 7月 8日(水) 22:00~22:43 総合 全国
●再放送 平成27年 7月22日(水)
14:05~14:48
総合
全国
※再放送の予定は変更されることがあります。当日の新聞などでご確認ください。
エピソード1 日本刀 とっておき鑑賞法
日本刀:十一代古川(会津)兼定
日本刀の鑑賞法、その一は、刀身の模様である刃文や地鉄の美しさを見ること。番組案内役の渡邊アナも実際に刀を手に取って、拝見します。さらにその二は、拵(こしらえ)と呼ばれる さや・つばなどの装飾具をめでること。“よく斬れるが折れにくい”日本刀の特殊な作り方もご紹介。
 
エピソード2 つくってしまえ名刀を!~秀吉と光徳~
武器だった日本刀に“美術品”としての価値が加わったのが戦国時代の末。そこには天下人・豊臣秀吉が大きく関わっていました。秀吉は、当時天下一の刀剣目利きといわれた本阿弥光徳(ほんあみ・こうとく)と組んで公の機関を設けます。それは“刀剣鑑定専門”組織でした!そのねらいとは…?
戦国日本刀ブームをつくった秀吉と光徳(再現)
 
エピソード3 幕末動乱!ある刀鍛冶の生涯
幕末の刀鍛冶として闘った兼定(再現)
幕末・激動の時代。新選組副長・土方歳三の愛刀として有名な刀が「和泉守兼定(いずみのかみ かねさだ)」―会津藩の刀工11代兼定の手がけた日本刀でした。戦いの主役が刀から銃砲へうつりゆく中、兼定は刀鍛冶として生き抜きます。それは、明治の世となり刀も武士も廃れていった時代にあっても…
 
この回ゆかりの地は・・・

黒川古文化研究所
刀剣博物館
月山記念館

参考文献

『日本刀』(本間順治 岩波新書)      
『本阿弥行状記』(日暮 聖 他 東洋文庫)
『刀剣美術第52号 会津刀匠和泉守兼定について』(米山雲外 日本美術刀剣保存協会)
『刀剣美術第571号 会津兼定の作風』(外山登 日本美術刀剣保存協会)
『刀剣美術第580号 資料紹介~審査の現場から~』(日本美術刀剣保存協会)



今回ばかりはTwitterの審神者アカウントから実況しようかと思いましたが、ブログ記事を書くことを念頭に考え、今回も本垢で実況ツイートをしました。本垢にいると歴ヲタさんたちの様々な視点がTLに流れてきて興味深かったり、その専門関係の方々のツイートもRTで回ってくるので参考になるんですよね。
さてさてとうらぶのへし切長谷部推しの私は当然ながら長谷部目当てで観ていたわけですが、ちらっと映っただけでしたね……。ちょっと残念でしたが、皆焼(ひたつら)をじっくり眺めることができたのは僥倖でした。
実は先日へし切長谷部の実物大ポスターを福岡市博物館から送っていただいたのですが、飾る場所がなくて(この梅雨時の湿気にやられても困りますし)お香を入れたボックスにしまいっぱなしになっています。優雅に香り付けされたらいいな……と思って。

へし切長谷部の刀身自体は以前買った別冊宝島『日本刀図鑑』を買って見ることができました。

他にもとうらぶに登場する宗三左文字(義元左文字)や江雪左文字、獅子王、にっかり青江などなど多数の刀のビジュアルが割と大きく紹介されていて、ビジュアルを眺める本としてはお手頃価格だと思います。
私のような初心者にはおすすめです。

さて話をヒストリアに戻しますと、前半は刀のそれぞれの名称の説明、中盤は豊臣秀吉が刀に褒美としての付加価値をつけた話(いかにも秀吉らしいなと秀吉嫌いの私は思ったわけですが)後半は和泉守兼定に焦点を当てた秘話となっていました。
私はとうらぶの一軍に和泉守兼定を入れていて、それなりに思い入れはあったのですが、その刀匠の波乱に満ちた生涯を知ることができて、いっそう愛着が湧きました。
刀匠にとって刀を鍛刀することは生きることそのものなのだなぁと、感心しました。まさに職人魂ですね。

生憎と私の知識はせいぜい戦国時代止まりで幕末にはほとんど関心がなかったんですが(桂小五郎が好きなので強いていえば攘夷派でした)、今回のヒストリアを観て土方歳三のことももっと知りたくなりました。
手始めに司馬遼太郎の『燃えよ剣』を読んでみたいと思います。ヒストリアは歴史に関心をもつきっかけとして観る番組だと思っているので、こうして新たな扉が開かれるのは大いに歓迎ですね。
第二次世界大戦中の金属供出が描かれなかったのは少々残念でしたが……。そこはもう少し掘り下げても良かったのかなと思います。日本の歴史の中ではひとつの大きな出来事でしたし。

現代の刀としてエヴァとのコラボ展も取り上げられていましたね。エヴァファンとしては観に行けば良かったかなと今更ながらに思ったわけですが、時既に遅し……。
それでもこうして現代にまで刀工の技術が伝わっているというのは大変貴重なことではないでしょうか。もはや実戦刀としての価値よりも美術品としての扱いになってしまいましたが、今後も技術が損なわれることなく、後世まで引き継がれていってほしいです。

さて、明日は根津美術館の「江戸のダンディズム」展を母と観に行く予定です。以前から観に行きたかったのですが、なかなか契機がなく……美術展も行くわりにはブログにちゃんと書かないことが多いので、明日行ったらちゃんとレポしたいと思います。どうぞ楽しみにしていてくださいませ。

【読書録】読書メーター6月分まとめ

小説執筆のための再読が多かったので手短に。
司馬遼太郎『播磨灘物語二』は後日ちゃんとレビュー書きます。

2015年6月の読書メーター
読んだ本の数:5冊
読んだページ数:1278ページ
ナイス数:45ナイス

怪異の民俗学〈7〉異人・生贄怪異の民俗学〈7〉異人・生贄感想
小説執筆の資料用として八割方読んだ。「八岐の大蛇」など思わぬ収穫もあり、読んでいて興味深い箇所も多々あった。とはいえ浅薄ながらも民俗学を囓ってきた身としてはさほど目新しい情報はなく、入門書として手に取る分にはいいのかな、と。中村生雄氏、三浦佑之氏など卒論でお世話になった方々の論文も入っていたので、二度美味しいという感触はあったけれど。
読了日:6月28日 著者:柳田国男
海神別荘・他二篇 (岩波文庫)海神別荘・他二篇 (岩波文庫)感想
こちらも新作のオリジナル小説を書くために「海神別荘」のみ再読。海神別荘といえば私は坂東玉三郎様の舞台が大好きで、シネマ歌舞伎を見に行ったことがあるのだけれど、とにかく台詞回しが美しさの極致を描いている。玉三郎様演じる美人の儚げな美しさと相まってもはや言葉にならない。今回読む上で注目したのは海の宮殿へ行ってしまったら、地上の人間には蛇にしか見えないというところ。神という存在はスサノヲにしてもオオモノヌシにしても、神話では蛇神として語られる。この作品でもそこに海神としての霊威の大きさが表れているように思う。
読了日:6月20日 著者:泉鏡花
高野聖・眉かくしの霊 (岩波文庫)高野聖・眉かくしの霊 (岩波文庫)感想
新作のオリジナル小説を書くために原点回帰すべく高野聖のみ読了。何度読んでも文体の美しさにため息が出る。今回読むにあたって注目したのは物語の構造。旅の僧侶という「異人」が山奥にひっそりと佇む家に訪ねてくるというのは蟲師の「緑の座」でも用いられたモチーフで、私の好きなモチーフのひとつ。さらにこの異人は能でいうワキの役割を担っている。これも蟲師のギンコと重なるところ。私こういうものに弱いんです、という要素がこれでもかと詰まっていて鏡花好きをやめられそうにありません。
読了日:6月20日 著者:泉鏡花
完璧な病室 (中公文庫)完璧な病室 (中公文庫)感想
「完璧な病室」のみ再読。初読時にはあまり意識しなかったけど、セックスを知らずに死んでゆく弟の透明感と、S医師と肌を重ねる姉、という構図がツボでした。小説を書く刺激をもらえたので、また何度か読みたい。
読了日:6月17日 著者:小川洋子
新装版 播磨灘物語(2) (講談社文庫)新装版 播磨灘物語(2) (講談社文庫)感想
しばりょの書く秀吉と官兵衛の関係に、大河やヒストリアを見て抱いていた違和感を払拭された。二人は秀吉が天下を取るまでは蜜月関係にあったというよりは、以前から秀吉は官兵衛の才能に嫉妬していた、というのが腑に落ちた。半兵衛様もようやく登場したけど、次巻で退場の気配。荒木村重が謀反を起こすところで終わるので、いよいよ次巻で官兵衛幽閉されてしまうのかな……。しばりょがどう描くか楽しみです!
読了日:6月7日 著者:司馬遼太郎

読書メーター

蛇神にまつわる諸問題 肆



以前禹に関しては「蛇神にまつわる諸問題」で触れた。その禹に関する記述がたまたま図書館で借りてきた本に見られたので記しておく。

禹という字の古い形を見ると「虫」と「九」から成りたっている。この虫は「ヘビ」のこととされ、九のほうは発音を示している。禹、すなわち蛇行するムシ(ヘビ)というイメージは、古代中国のトーテムと関連している。(…)禹の父は鯀(こん)である。この父と子は、中国の伝説では堯と舜に使えたことになっている。当時は、治水こそが政治上の関心事だったのである。「水を治める者、天下を治めるという時代であった。堯と舜のことを「二帝」という。その二帝の治世にあっても、中国大陸の歌仙は庵乱を繰り返していた。帝の命を奉じた鯀は、日夜、治水の事業に没頭した。しかし、彼の心血の最後の一滴まで使いはたしても、治水に成功することはできなかった。
この無念のうちに死んだ鯀の腹のなかから、伝説では禹が生まれたことになっている。しかも鯀の死体は、三年たっても腐らなかった。いぶかしく思った一族の者が、鯀の腹を切りひらくと、そこからは一匹の黄色い龍が現れたという。
こうした伝説は、禹の一族のトーテムを介して読みかえが可能である。彼らは龍(大ヘビ)をトーテムとし、古代中国の中でも最も有力な一つの血族だったのである。その最高の指導者たちが、一般の人と異なる死や出生をもつことは、血族にとっての誇りだった。

動植物をトーテムとする民話は世界各国に見られるが、禹の場合は以前教授がおっしゃっていたように少数民族の間で魚の形をした神だったのが蛇に形を変えて、血族のトーテムとして語られるようになったのではないか。
禹の治水神話については「蛇神にまつわる諸問題」で先述したので省くが、本書に引かれた一文がすべてを物語っているように思う。

龍をトーテムとした一つの血族が、大自然を相手にして果敢に闘争し、治水に成功して、やがて王権の座についた(…)

すなわちここでも征服者と被征服者(龍に代表される河川)がダブっていることに気づかされる。
これもやはり先述したことではあるが、そこにはやはりスサノヲのヤマタノヲロチ退治の神話と共通する構造を見出すことが可能なのではないか。
禹については少数民族の間で魚の形をした神として信仰されていた、と教授から聞きかじったものの、あいにくと文献名を覚えていない。中国の龍蛇信仰に関しても当然日本との関わりは看過できないので今後とも調べていくつもりである。

追記:鯀について「両性具有」とする論文(森 雅子「中国古代の神統記(テオゴニア) : 鯀・禹・啓三代の神話」宗教研究 77(4), 1063-1064, 2004)を見かけたので付記しておく。
両性具有的要素は蛇のもつ特性のひとつでもあるので何ら不思議なことではないが、こうした要素が早くも古代中国において表れているというのは興味深いところである。
プロフィール

夕星桔梗

Author:夕星桔梗
元日本古代史ゼミ所属。作家志望のアマチュア物書き。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
twitter
Booklog
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。