スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【書評】司馬遼太郎『播磨灘物語 一』



去年の大河ドラマ「軍師官兵衛」を観たこともあり、最近刀剣乱舞にハマっていることもあってクロカン熱がこみ上げてきたので古書店で購入した一冊。官兵衛の家柄から話が始まり、荒木村重に出会うまでを描く。
この物語では官兵衛がキリシタンになった時期は大河ドラマより早いが、小和田哲男『黒田官兵衛 智謀の戦国軍師』によれば官兵衛のキリスト教入信は天正11年(1583年)ごろで、高山右近の勧めによるものだというが、小和田氏は“もしかしたら少年時代、堺に遊びに行ったりして、堺にいた宣教師からキリスト教の影響を受けるというようなこともあったかもしれない”と書いている。
 司馬遼太郎のキリシタンとしての官兵衛像は後者に則ったもので、さらに云えばかなり打算的な心境で南蛮寺に通っている。

“官兵衛のような田舎の微少な勢力の中にいる者にとってキリシタンの組織ほどありがたいものはない。この南蛮寺にさえゆけば、日本中の情勢がわかるのである。
すくなくとも京都情勢があきらかになるのである。そのわけは、たとえば目下敵味方にわかれて対峙中といった関係の連中さえ、会堂に入っているときはともに敬虔な態度で礼拝し、説教を聞き、懺悔をし、終わればたがいに談笑するという光景さえ無数に見られるのである。
官兵衛はそういうなかに入り混じっていれば、なにがしかの様子もわかる。それに、日本人の修士(いるまん)が、官兵衛が質問すると、的確に事情を教えてくれた。この新しい宗教力にとって、一向宗や法華宗のように武力をもっていないだけに、退くも進も、政治上の情報だけが頼りであった。このため、かれらは信徒の武士たちから情報をできるだけあつめ、整理し、どう行動をとるべきかという判断のもとにしていた。”


ここには当時の日本におけるキリスト教の布教がいかに困難なものであったかを示していることが窺える。司馬遼太郎は研究者ではないので、その文章を鵜呑みにするのは危険ではあるが、司馬遼太郎といえば彼が本を書けばその関連する本が神保町から消えたとも云うし、トラック1台分の資料を集めてアシスタントに整理させ、自らすべてに目を通したという。その根気強い調査力には舌を巻くばかりである。
 さて彼の描く官兵衛像についてだが、印象的なシーンがあるので引用したい。

“子供がトンボ追う。どこまでも追ってゆくのだが、あれは何か、と官兵衛は考える。売っていくらという利益になるわけでもなく、またトンボが食えるわけでもない。トンボがもし食えるのなら、子供は追わないにちがいない。
 官兵衛も子供のころ、夢中になってトンボを追った。青い宙空を翔けているトンボを見て天の切れっぱしのように思え、あるいは天の使い者か、もしくは天に住む眷属の一派のように思えた。だからこそ追っていたように萌える。人間は所詮は地上に縛られねばならぬ生きものだが、それに空想を与えてくれるものは天であり、幸いなことに播州の野は広く、天が広い。官兵衛は、他の子供もそうであるように、半ば夢想のなかで幼童のころをすごした。空に群れ、あるいはかけてゆくトンボを血相変えて追ったのは、そういう夢想と無縁ではあるまい。
官兵衛は二十を越えてもなお天をあこがれるような夢想をもち、それを育てている。
 ――官兵衛どのは齢若いにも似ず分別人だ。
 という評判も、一面にある父の兵庫助が四十半ばという壮齢ながら官兵衛に家督をゆずって隠居してしまったのは、官兵衛のもつその分別に安堵したからである。夢想と分別はおよそ逆のものだが、その矛盾が、矛盾のまま官兵衛の中に入っている”


何とも魅力的な官兵衛像ではないか。おそらくその天へのあこがれが信長へ彼の心を傾けさせたのであり、また分別人として生き残りをかけた打算が彼を信長に従わせることになったのだろう。
 少年のような心と大人としての計略。そのどちらも持ち合わせた官兵衛像は、確かに史実の官兵衛と重なる部分があるように思われる。
 長くなってしまったのでこの辺で筆を置こうと思うが、今から次巻を読むのが楽しみでならない。竹中半兵衛も登場するであろうし、今後の展開には中国攻めも関わってくることからへし切長谷部が下賜される場面も出てくるだろう。
 書評を書かないと次の本を読まないと決めているので、この記事の執筆に取りかかるのに時間がかかったが、ようやく続きを読めると思うと今から期待に胸を膨らませているところである。
スポンサーサイト

【感想】歴史秘話ヒストリア 師匠、オレは戦国大名になる! “やられ役”今川義元の真実

師匠、オレは戦国大名になる!
“やられ役”今川義元の真実
●本放送 平成27年 5月27日(水) 22:00~22:43 総合 全国
●再放送 平成27年 6月 3日(水)
14:05~14:48
総合
全国
※再放送の予定は変更されることがあります。当日の新聞などでご確認ください。
配役:今川義元 役:大久保ともゆき/太原雪斎 役:白井哲也
エピソード1 戦国大名・今川義元誕生!
太原雪斎と幼き日の今川義元(再現)
桶狭間の戦いで、今川義元は悠然たる大大名として登場しますが、ほんらい今川家の五男、名門大名今川家の当主になれる立場ではありませんでした。その義元を大名に押し上げたのが師・太原雪斎(たいげんせっさい)です。乱世にては自分の居場所は自分でつかみ取れ!戦国大名・今川義元の誕生秘話。
 
エピソード2 目指せ!一流大名
大名になった義元でしたが、外交に合戦に失敗の連続…いきなり領地の4分の1を隣国の大名に奪われてしまいます。どうすれば国を守れるのか―義元は、雪斎の導きのもと、戦国史にのこる画期的な軍事制度や外交政策を打ち出します。義元と雪斎、二人三脚の活躍が戦国の世に嵐を巻き起こす!?
戦国時代を勝ち抜け!策を練る雪斎と義元(再現)
 
エピソード3 運命の桶狭間
今川義元が師・雪斎から引き継いだ思いとは…(再現)
義元最大の敵、それは尾張の大名・織田家でした。雪斎は、義元のため、自ら陣頭に立ち織田家と戦います。しかし、そのさなか、病でこの世を去る雪斎。義元は雪斎の代わりに織田家と戦うことを決意しますが…。戦国日本を動かした合戦のひとつ、桶狭間の戦いを義元の視点から描きます。
 
参考文献

『今川義元―自分の力量を以て国の法度を申付く―』(小和田哲男 ミネルヴァ書房)
『今川義元』(有光友學 吉川弘文館)
『センゴク外伝 桶狭間戦記』(宮下秀樹 講談社)

宗三さんが出るということで、審神者としては見逃せない番組でした。
今川義元というとすぐに想起されるのが大河ドラマ「風林火山」の谷原章介さん演じる今川義元と、伊武雅刀さん演じる雪斎、そして藤村志保さん演じる寿桂尼。何とも濃くてキャラの立った今川家は見ていて新鮮で、それまで軟弱なやられ役なイメージがあった今川義元像が覆されました。
今川家自体にはそんなに思い入れがないので大河ドラマぐらいの知識しかないんですが、今回のドラマを観て改めて雪斎の存在感の大きさを思い知りました。
桶狭間のとき雪斎が生きていたら、また違った展開が見られたかもしれませんね。
最近はすっかり織田信長寄りなので、桶狭間で今川を破った上様さすがかっこいい! と思ってしまうんですが。
それにしてもその信長にも一目置かれていたなんて、今回のヒストリアを観るまで知りませんでした。
宗三さんに義元の名を刻んだのも義元に尊敬の念を抱いていた証、と番組では紹介されていましたね。
twitterでは「ヒストリアだから嘘でしょ」と囁かれていましたが、私としてはもし今川義元が信長にとって取るに足らない相手だったらわざわざ名前まで彫らないと思うんですよね。単なる戦利品として以上の価値がそこにはあったと思います。
そう思うと宗三左文字いとしいです……うちの本丸の宗三さんはまだLv17ですが……。頑張って育てます。

【書評】小和田哲男『黒田官兵衛 智謀の戦国軍師』




刀剣乱舞の長谷部沼に落ちてからというものの、官兵衛ブームが自分の中に来てて、昨年の大河「軍師官兵衛」を観ていたこともあり、その時代考証を務めた作者の本と聞いて図書館で借りてきた。
新書なのでかなり飛ばし気味に官兵衛の生涯が描かれているが、内容はほぼ大河ドラマの流れに添っていたので読む度に大河のワンシーンが頭に浮かび、新書ということもあって読みやすかった。
へし切長谷部についても記述があり、以下の通りである。

とはいっても、この謁見のときに信長が秘蔵の愛刀「圧切」を官兵衛に与えたことは事実なので何らかの形で単独会見がなされたことは事実である。ちなみにこの「圧切」は、ただしくは「圧切長谷部金霰鮫青漆打刀拵付(きんあられさめあおうるしうちがたなこしらえつき)」といって、代々黒田家がもち伝え、現在、福岡市博物館に所蔵され、国宝になっている打刀である。「圧切」という名は信長がつけたとされ、その由来もすさまじい。
 あるとき、信長に仕えていた茶坊主の観内(管内とも)という者が信長に無礼を働き、膳棚の下に逃げ込んだのを、追ってきた信長が、この刀をもって膳棚の下に隠れている茶坊主を棚ごと圧し切ったというのである。
 いずれにせよ、こうした愛刀を官兵衛に与えたということは、信長としても対毛利戦略上、官兵衛を使えると判断したことを示しているといってよい。


他にも大河ドラマでは官兵衛の手柄や立案とされた事柄が史実では他の武将が考案していたことなど、大河ドラマからだけでは分からない事実を知ることができ、大河ドラマから官兵衛のことを知った身としてはちょうどいい入門書だったと思う。
 ただし私が一番好きな武将である石田三成との関係については、朝鮮出兵の折りに

官兵衛と浅野長政が碁を打っているところで待たされることになった三成は腹を立てて漢城に戻ってしまった

と書かれているのみで、大河ドラマに描かれていたような官兵衛と三成の対立関係については詳述されていない。
昨年のヒストリアの放送(当ブログ記事参照)では秀吉存命中から敵対関係にあったとされていたが、そこのところをもっと詳しく知りたいと思った。
それからキリシタンとしての官兵衛の姿についてはこの本ではほとんど触れられていないので、キリシタンとしての官兵衛の立ち位置についてももっと知りたくなった。
 今後は播磨灘物語を読みつつ、もっと官兵衛についての分厚い本を読んでみたいと思う。

【書評】澤田瞳子『ふたり女房』



これまで読んできた二作とは打って変わって、時代は江戸時代。京都出身の作者にふさわしく、部隊は京都鷹ヶ峰御薬園。京都鷹ヶ峰御薬園は、江戸の小石川御薬園、長崎の十善師鄕御薬園と並ぶ幕府直轄の薬草園であり、主人公は京都鷹ヶ峰御薬園に務める医師の娘として日々薬事に関わっていた。
 物語は彼女と彼女の関わる患者たちをめぐる連作短編集となっており、本草綱目などを参照したと思われる多様な薬草の知識が織り込まれ、作者の丹念な下調べぶりに舌を巻く。
作者の得意分野と思われる仏像を扱った「春愁悲仏」、江戸時代ものの醍醐味である復讐ものを描いた「初雪の坂」、そして作者の本領発揮と云わんばかりの御所を舞台にした「粥杖打ち」など、珠玉の作品が並ぶ。
 中でも今作書き下ろしの「ふたり女房」は江戸時代ものの代名詞、義理人情に溢れた一作となっており、先の展開は読めるものの話の構造としてはよくできている。

“「ひょっとしておぬし、広之進どのの致仕を怒っておるのか」
「当たり前でございましょう。義兄上こそ、あれほどの御仁に腹を立てておられたのに、今日はまたどういう心変わりでいらっしゃいます」
(…)
「広之進どのはおそらくお香どのの失明に衝撃を受け、発作的に禄を離れたいと言い出されたのであろうな。されどあの気弱なお方が、その意思を貫けるはずがあるまい。汐路どのが国許にしおらしく付き添うて行かれたのは、今は頭に血が上っているゆえ、下手に口出しはすまい。国許に戻り、ご尊父どのの力を借りて、翻意させればよいと思われたためじゃろう。ご夫君の意に従うと見せかけながら、汐路どのは広之進どのをうまく謀られたのじゃ」 
 えっ、と立ちすくむ真葛を、彼は面白そうに見下ろした。
「汐路どののことじゃ。国許に着けばうまく夫を丸め込み、致仕願いを取り下げてしまわれよう。やはりあの方は賢婦なのかもしれぬな」
 それに、と続ける口調はどこか楽しげですらあった。
「お香どのはお香どので、広之進どのの嘘をすでに見破っておられるぞよ。だからこそ、夫を突き離し、私は私で生きて参りますと申されたのじゃ」
「なんでございますと――」
(…)
「ですが、目が見えぬお香どのが何故――」
「おぬしはあの晩、お香どのが広之進どのの手を取ったと申したな。それでお香どのは、広之進どのが今、裕福な暮らしをしていると気づいたのだろう」
(…)
 お香は夫の手の感触で、彼の今の境遇を覚ったのだ。その上で真実を口に出来ぬ広之進を突き離し、彼に見限りをつけたのに違いない。
 お香はやはり賢婦であった。それも夫の嘘に丸め込まれるふりをしてやれるほどの。”


 『日輪の賦』、『満つる月の如し』と作者の著書を読んできて、この作者は能ある女性を書くのが上手いなと感じた。女流作家ならではの感性というか、女らしさを残しつつ、芯のある強い女性像を理想としているのかもしれない。だからこそ読者はともすれば受動的に描かれがちな前近代を生きた女性たちに感情移入し、現代のエンターテイメント小説として読めるのだとも云えよう。
 やはりこの作者は期待を裏切らない。この作品の続編は「読楽」で連載中とのことで、機会があれば手に取ってみたい。

【感想】歴史秘話ヒストリア 戦国のプリンス、いざ天下取りへ! ~大坂の陣400年 豊臣秀頼の素顔~

●本放送 平成27年 5月20日(水) 22:00~22:43 総合 全国
●再放送 平成27年 5月27日(水)
14:05~14:48
総合
全国
※再放送の予定は変更されることがあります。当日の新聞などでご確認ください。


エピソード1 マザコン?神童? 豊臣家のプリンス誕生
幼い頃から優秀だった豊臣秀頼(再現)
天下人・豊臣秀吉が頭を悩ませたのが後継者問題。秀吉になかなか子ができなかったためです。しかし、あきらめかけた時、授かったのが秀頼でした。秀吉の異常とも思える秀頼への愛情は、数々の逸話を生み、騒動を引き起こします。戦国きってのプリンス誕生のウラ側が明らかに!
 
エピソード2 真の天下人は誰だ!? 秀頼vs.家康の冷戦
秀吉の死後、関ヶ原の戦いに勝利し、江戸幕府を開いた徳川家康。ところが、当時の人々はこう思っていたようです―天下人は秀頼さま。実は、豊臣秀吉の遺言に「家康の支配は秀頼が成人するまで」とありました。当然このことを反故にしようとする家康。秀頼は成長するにつれ、家康と対立を深めることに…
秀頼が家康に送った手紙には秘密が…
 
エピソード3 大坂の陣 プリンス・秀頼の戦い
「大坂の陣」秀頼の真実とは?(再現)
秀頼と家康、どちらかが天下の覇者となる戦いに、豊臣・徳川両軍は総力を挙げます。しかし、豊臣方10万に対し、徳川方は2倍の20万、秀頼は極めて不利でした。この「大坂の陣」ではお飾りの大将だったと思われてきた豊臣秀頼、しかし実際は違っていたのです。秀頼、真実の姿とプリンスの悲劇。


参考文献

『豊臣秀頼』(福田千鶴 吉川弘文館)
『豊臣秀頼』(井上安代) 
『関ヶ原合戦と大坂の陣』(笠谷和比古 吉川弘文館)
『関ヶ原から大坂の陣へ』(小和田哲男 新人物往来社)
『大坂の陣』(二木謙一 中公新書)
以上番組公式HPより
 



私としては西軍推しなので秀頼公が従来のような暗君ではなかった、と実証されただけでも嬉しかったのですが、それにしても徳川家康の狡猾さには舌を巻きます。
今刀剣乱舞にハマっていることもあって戦国時代熱が再びわき起こってきていることもあり、こうして記事にしたいと思ったのですが、なんせ専門外なので知識がさほどなく……。
私の戦国時代の知識といえばもっぱら大河ドラマが由来なのでもっと勉強していきたい所存です。
去年の大河ではずいぶんと小悪魔的な淀殿で、三成も旧説然とした描かれ方で不満があったのですが、来年の大河では三成をはじめ西軍はどう描かれるのやら……。
真田幸村が主役なので安心して見ていられそうですが。
などと番組の感想ではなく大河談義に終始してしまいました。
番組自体は構成もよくできていて、史料も提示されていたのがよかったのですが、それがいつの時代に成立した史料なのか気になってしょうがなくて……元史学科生の血が騒ぎました。
それにしても秀頼公が漢籍『帝鑑図説』を翻訳していたり、出雲大社の遷宮を命じていたりしたとは知らなくて、単なる幼君としてのイメージしかなかったのですが、統治者としてはしっかりしていたんだなぁという印象を受けました。
豊臣関連は秀吉のことをあまり好きになれないこともあって、あまりまだ手をつけていないのですが、石田三成や黒田官兵衛のことを知る上では避けて通れない人物だということも重々承知しているので、少しずつ戦国関係の書籍を読んでいきたいと思います。


【書評】澤田瞳子『満つる月の如し』



『日輪の賦』がとても良かったので地元の公共図書館にたまたまあったのを手に取った一冊。著者の専攻が日本古代史だったというだけあって、時代考証の安定感と平安時代のリアリティ溢れる空気感、難解な仏教用語を織り交ぜつつ、エンタメ小説としての勢いを失わない良質な歴史小説であった。
登場人物たちも個性豊かで彼らの悲喜こもごもが際立つ描写が特に上手い。まるで時代劇を見ているような臨場感があった。

あの夜、長い黒髪をうねらせ、恐怖と悲しみに顔を強張らせながらも、必死に敦明親王を諫めようとした中務の姿が、再び脳裏に甦る。
 彼女の懸命な言葉は、親王には姉とのそれとも、母とのそれとも等しい重みがあったはずである。だがそれを払いのけ、背をむけずにおられいないまた、愚かな男の性なのだろう。
なぜ、中務はあれほどの敦明を信じられるのであろう。生きとし生けるもの皆をひたすらに慈しむ如来の如き慈悲を彼女は有しているのだろうか。
 いや、そんなはずはない。畢竟、人は己の欲望に引きずられる浅はかな存在だ。他人の身を案じていたとて、手ひどい裏切りに遭えばすぐに態度を変じ、保身のためであれば、それが誰であっても欺いて憚らない。それがこの世のならいではないか。
 自分が敦明の依頼を無視し続ければ、彼は荒れ狂い、本当に道光寺に日をかけるかもしれない。そうだ、親王が狂気とも取れる振る舞いを見せたとき、彼女はどうするのだろう。絶望するのか、それともなお彼を信じ、手を差し伸べるのか。
 彼女の顔にそのとき浮かぶのは、あの如来のそれとも見まごう慈悲相か、あるいは裏切られた怒りに狂う羅刹相か。
 見たい――。もし中務が彼に踏みつけにされてもなお、あの深い憂いに満ちた慈悲の相を消さぬのであれば。自分はひょっとしたらそこに、円満具足なること満つる月の如き、御仏の姿を見出せるのかもしれない。
 そう気づいた瞬間、敦明親王を陥れようとする道雅への反感が、かき消すように失せた。絶望の淵にたったときの中務の姿を見るためなら、どんなことでも協力してやるとすら思った。


定朝の中務への想いは半ば芥川の『地獄変』を彷彿とさせて、芸術家というのはたとえ間接的にではあっても人を殺めるほどの狂気を抱いてこそこの世に二つとない作品を作り上げることができるのだろうか、と思った。そういう意味では本作は非常に芸術的な作品と云えるかもしれない。
そしてこの本の根本をなすのは定朝と隆範の出会いと別離だろう。定朝の墓に隆範の詠んだ「今ぞこれ 雲間を行かんかりがねの 直ぐなる道を照らす月かな」という歌が書かれた料紙が手向けられていたというのは、なんとも絶妙な余韻を残して美しい。
作者はよくこれほどの作品を書き上げたものだと驚嘆せずにはいられない。久しぶりに現代の作家で新刊が楽しみな書き手に出会えた興奮が未だ冷めやらない。

【お知らせ】書評について

このたびFC2ブログの改悪(?)により、ブログから直接アマゾンの書影のリンクを貼ることができなくなりました。
つきましてはAmazonアソシエイトを利用せざるをえない状況となり、お金稼ぎに興味のない私にとっては大変心苦しいのですが、今後とも当ブログをよろしくお願いします。

【書評】澤田瞳子『日輪の賦』

 

 私は卒論で大神氏を中心に主に豪族の立場から古代史を観ていたし、天皇にしてもまだ大王の時代、それも神話的性格の強い大王像に注目していたため、このようにあくまでも政治的立場を前面に押し出し、日本(ひのもと)というナショナリズムを大々的に掲げた持統天皇像は新鮮に映った。
 確かに当時の国際情勢を鑑みれば、日本は内憂外患ともいうべき時代であったのかもしれない。それを持統天皇の男装の女人というヒロイックなメンタリティと重ね合わせて描き切った作者の力量は賞賛に値する。
 ただし古代という時代を考えたときに、まるで日本という一つの“国”が他国からの侵略を免れようと律令の規定を志向したというのはある一面的な見方に過ぎないのではないか。
 もちろん百済が滅亡したことによって、高句麗や唐の脅威の矛先が倭へ向けられる、という恐れはあっただろうし、彼らに負けじと律令国家を志向したこともまた事実であろう。

愛すべき国土と言語を奪われ、三百年の歴史を有する百済は地上から姿を消した。流民となった百済人をわが国に受け入れるとは、彼らをただ国内に住まわせるだけの行為では済まされぬ。
 失われた国よりも更に強靱なる国を樹立し、彼らを守る。それが亡命百済人を受け入れた国の責務だ。ならばその京に仕える一人として、自分も詠の夢を叶えるべく尽力せねばならぬ。
(倭を他国に脅かされぬ大国となす……)
 そのために行うべきは、水城建設や防人徴用など、目に見える国防措置だけではない。
 天下の百姓を収攬する揺るぎなき支配体制と、一つの遺漏も許されぬ確固たる文書行政。そして貴族を――いや大王をも規律の内に収める網羅的な典と、国家の官吏たる自覚を有した役人たち。それらを完成させて初めて、この国は大陸諸国に肩を並べ得る強大な国家へ変貌するのだ。



 しかし当時の“日本”はすなわち畿内周辺を意味しただろうし、そこには地方という視点が抜け落ちているようにも感じる。中央集権化を図ったとはいえども、古代において地方は未だまつろわぬものたちの土地であった。元明天皇の時代に諸国で風土記の編纂を命じられたのも、地方の地理風俗が未だ中央にまで把握されていなかったという現実の表れであろう。
 よって安易なナショナリズムとヒロイズムに走りがちな本書は冷静な視点で読み解いていく必要があると思われる。間違っても昨今の日中韓関係を持ちだして本書の状況と比べる愚は犯すべきではない。ただし五瀬(実際に続日本紀文武紀に名が見える)をはじめ、奴婢から天皇まで多様な身分の人々をバランスよく配置し、彼らの個性を際立たせたエンタメ小説としては一流であるかと思われる。

【お知らせ】書評について

現在FC2ブログの不具合で、アマゾンの商品がブログに掲載できなくなっています。
つきましては書評を更新できない状況です。
noteクランチマガジンでも書評を公開していますので、しばらくはそちらをご参照ください。
FC2のブログが改善し次第、こちらにも書評を載せていくつもりです。

読書メーター 2015年4月分

2015年4月の読書メーター
読んだ本の数:5冊
読んだページ数:1475ページ
ナイス数:18ナイス

あめふらし (文春文庫)あめふらし (文春文庫)感想
蛇というモチーフは私も好きなのだけれど、何度も同じモチーフが繰り返されるのにはいささか飽きてしまった。それから話の繋げ方に粗が見える。場面が唐突に変化するのでまとまりのない印象を受けた。前回読んだ『雪花草子』の方が完成度としては上だろう。もう少し力量のある作者だと見込んでいただけに残念。
読了日:4月5日 著者:長野まゆみ
日本の神と王権日本の神と王権
読了日:4月14日 著者:中村生雄
応天の門 1 (BUNCH COMICS)応天の門 1 (BUNCH COMICS)感想
平安時代を舞台に在原業平と菅原道真のバディが怪事件を解決していくという内容。東大の史料編纂所の研究者・本郷和人氏の解説が所々に挟んであって平安時代の基礎知識が気軽に手に取れるのもポイント高い。
読了日:4月14日 著者:灰原薬
日輪の賦日輪の賦感想
この時代にしてはナショナリズムの色合いがやや強すぎる印象を受けた。当時の国際情勢を考えれば多少内憂外患の気配はあったと思うが、この小説でいうところの日本(ひのもと)はあくまでも畿内を中心とした国家イデオロギー(つまり国家の上層部にいる人間たちの間でのみ共有されていた意識)なのであって、現代の諸情勢とそのまま重ねて読むのは危険であろう。大学で日本古代史を学び、卒論で大神氏を扱った身としては豪族のdisられっぷりに少々肩を落としたが、筆力のたくましさには感じ入った。
読了日:4月15日 著者:澤田瞳子
満つる月の如し 仏師・定朝満つる月の如し 仏師・定朝感想
「日輪の賦」がとても良かったので、図書館で手に取った一冊。専攻が古代史だけあって時代考証の安定感と平安時代の空気感、登場人物たちの悲喜こもごもが際立つ描写がとにかく上手い。定朝の中務に対する想いは半ば芥川の「地獄変」を彷彿とさせて震撼した。久しぶりに現代の書き手で新刊が楽しみな作家に出会えた興奮が未だに冷めやらない。
読了日:4月26日 著者:澤田瞳子

読書メーター


個々のレビューは順次まとめますが、取り急ぎ読書メーターでまとめておきます。
今月は日本古代史にまつわる本をたくさん読んだので、今後もこの流れを引き継いでいきたい所存。
もうちょっと学術書も読めるといいですね。
プロフィール

夕星桔梗

Author:夕星桔梗
元日本古代史ゼミ所属。作家志望のアマチュア物書き。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
twitter
Booklog
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。