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日本雅楽会 第53回 雅楽公演@国立劇場

2014年11月27日(木)

第一部:午後2時
第二部:午後6時30分

絃 壱越調音取、春鶯囀入破、迦陵頻急
舞楽 長保楽(破)、青海波、納曾利、長慶子

指定席:4,000円
自由席:3,000円

お問い合わせ
日本雅楽会
042-366-0679

国立劇場公式HP

卒論の提出が12月なので残念ながら私は行けそうにありませんが、雅楽好きな方はぜひ。
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日曜美術館 風と土と技と 第61回 日本伝統工芸展

2014年9月21日放送 再放送:9月28日よる

出演

今年の受賞者より

脈々と受け継がれてきた「技と美」の結晶、伝統工芸。年に一度、全国のたくみがその技と美を競う「日本伝統工芸展」。ことしは1600点以上の中から15作品が受賞を果たした。そこには、日本の"風土"に育まれた美の世界が広がっている。

キャスターの井浦新と伊東敏恵アナウンサーが、受賞作家の工房を訪問。井浦は、京都の山あいに截金(きりかね)作家・山本茜さんを訪ねる。仏教美術としてシルクロードから伝わった截金が、守り伝えられてきた京都。山本さんにとっては、平安の美意識が今に息づく京都にいることが創作の原動力になっているという。伊東アナウンサーは、久留米絣で受賞した柿原真木子さんを福岡に訪ね、郷土への思いを聞く。受賞作品全15点を一挙紹介するとともに、創作の現場に密着。風土と深く結びついた工芸の美を見つめる。



以上公式HPより
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柿原真木子さんの久留米絣着物「思い出」は久留米の特産品である久留米絣に、花火やクジャクのモチーフを組み合わせた模様を織ったもの。それぞれの模様には染色にあたって工夫が凝らされている。
作品の詳細についてはこちら
柿原さんは元々学芸員であったが、手仕事に憧れて久留米絣の技を職人に教わるようになったという。
生来のセンスと技、そして故郷を愛する心とが見事に融合してこの作品を作り上げたのだろう。

大角裕二氏の蒔絵八角箱「月華」は、大角氏が日々のジョギングの中で出会った狐をモチーフとしている。
月に狐という組み合わせは何とも風雅であるとともに妖めいた怪しさをたたえていて、見る者の心を惹きつける。
それと同時に作品を見る角度によって狐が現れたり消えたりする技法は大角氏独自のものであり、作品の表情に変化をつけている。
蒔絵は私にとって日本の工芸の中でも特に好きな分野だが、長らく受け継がれてきた蒔絵の文化を継承しながらも革新的な作品に仕上がっているのが見事だ。
光と影の絶妙なバランスが緊張感を生み出しているのもいい。
作品の詳細についてはこちら

そして山本 茜さんの截金硝子長方皿「流衍」。
山本さんは源氏物語の世界に憧れ、そこに描かれた自然が未だ残る京都の山間に工房を構えているという。
雄鹿が雌を求めて鳴く声の美しさを語っているのがとても印象的だった。
まさに源氏物語の世界に身を置き、そこで彼女自身の源氏物語を紡いでいるのだろう。
截金の技を極め、その技を一つの作品、一つの理想郷に昇華させることの美しさ。
その姿勢は何と尊いのだろうと心動かされた。
作品の詳細についてはこちら

今回の日曜美術館を観て深く感銘を受けたのは、それぞれの技を極めた匠たちが作品を作るにあたってそれぞれの土地に根ざした文化を意識し、それを重んじていることだった。
奇しくも私は日曜美術館の前にたまたま「小さな旅」を観た。
以下、番組の内容を公式HPから引用する。

赤瓦屋根の家々と青い海が広がる沖縄本島北部の大宜味村喜如嘉(きじょか)地区。
ここでは、琉球王朝時代から続く伝統の「芭蕉布」(ばしょうふ)作りが行われています。中でも経験が必要とされるのは、芭蕉の繊維を一本一本結んで糸にする「うーうみ」と呼ばれる手仕事。夏、軒先では、さわやかな風の中、おばあたちが静かに糸を紡ぎます。貧困や沖縄戦など困難な時代を乗り越え、芭蕉布を懸命に守り続けてきた女性たちの物語です。

朝のさわやかな空気に包まれながら、工芸とはその土地と切っても切り離せないものなのだと、静かに思った。
そして願わくばこの「うーうみ」がおばあたちの手でいつまでもいつまでも続いて行って欲しいと願わずにはいられなかった。

その土地に根ざした文化を受け継ぎ、手ずから作り出してまた次の世代に受け継ぐ。
それこそが本当の伝統というものではないか。自ら関わって初めて、伝統は伝統となるのではないか。
伝統とは誰かからの借り物のものではないはずだ。誰かからきらびやかに飾り立てられて商品のように見せつけられ、それを自らの伝統だと思い込むことほど愚かしいものはない。
伝統を受け継ぐのは見る者ではない。関わった者たちだけなのだ。

エコの作法 「究める×銀閣寺」

庭の緑に包まれひっそりと佇む「銀閣寺」。日本のわび・さびの美意識はここ銀閣寺に始まるとも言われます。元々は8代将軍足利義政が自らの山荘・東山殿として建てたもの。全ての室礼が彼の作った"美の作法"に貫かれています。自らの美意識を後世に伝えるため設えの形や手法を「作法」として残した義政。500年の時を超えて義政が究めた東山の美は現代に生き続けています。今回は日本の「美しさの作法」を生んだ銀閣寺の全てをお届けします。

銀閣寺は臨済宗相国寺の塔頭寺院。正式名称を東山慈照寺といいます。門をくぐるとまず迎えてくれるのが生け垣の道、銀閣寺垣。歩くうち徐々に気持ちが整い銀閣に出会う心構えができます。

唐門を抜ければ境内。目の前に広がるのは白砂の海。銀閣は金閣を模して作られた楼閣建築。正式には観音殿と呼ばれます。二層は禅宗風の観音堂。一層は住居風の造りになっています。金閣は昭和の頃に再建されたものですがこの銀閣は創建当時のもの。この白砂の造形は江戸時代になって作られたものと言われています。

室町幕府8代将軍・足利義政。数寄を究めた趣味人として知られます。義政の跡継ぎを巡って始まった応仁の乱。京都が火の海になってもどうすることもできない自らの無力に義政は隠居を決意。東山に自分だけの山荘を作り始めました。しかしいくつかの建物の中で最後に建てられたこの銀閣が完成する前に義政は亡くなります。義政も見ることができなかった銀閣からの風景。目の前の小高い山は「月待山」と呼ばれここから月が昇ります。ご本尊のある二層へ。この観音堂は潮音閣と呼ばれ、あらゆる人を苦悩から救うとされる観音菩薩。足利将軍家は尊氏の時代から代々観音菩薩を信仰していました。山に囲まれこじんまりまとまった庭はまさに義政の隠れ家の風情。一層は心空殿と呼ばれる住居風の造り。奥の仏間には庶民の守り神といわれる地蔵菩薩が安置されていました。まわりを取り囲む小さな千体の地蔵。様々な悩みや苦しみを抱える全ての人が救われるようにとの願いです。

銀閣寺の中で創建当時の姿を今に伝えるもう1つの建物がこの東求堂です。現存する書院造りの建物では最古のもの。この時代の建築に詳しい中村先生に案内して頂きました。晩年、阿弥陀如来を信仰した義政。東求堂という名前は「西方浄土にいる阿弥陀如来を東の方から求める」という意味でつけられたといいます。義政の書斎として使われた部屋「同仁斎」。今に残る最古の四畳半です。義政はこの部屋で多くの人と身分の隔てなく茶や香など文化交流を楽しみました。書院造りに特有の違い棚と付け書院。書院飾りとして並ぶのは義政の文房具。付け書院は書斎机の役割も果たします。北向きに作られ手元はいつも同じ明るさに保たれます。道具の1つ1つにまで美を究めた義政。その作法が書き残された秘伝書がこの「君台観左右帳記」ここには書院飾りの文具や調度の並べ方が細かく記されています。この美しさを後の人が再現出来るよう記録させたのです。

義政が発見した「わび・さび」の心はこの銀閣寺の中でも受け継がれてきました。「方丈」と呼ばれる慈照寺の本堂。江戸時代初期に建てられ、中には本尊の釈迦如来が安置されています。座敷の襖絵を描いたのは与謝蕪村。全ての襖を1つの画面に見立て一羽の鳥が飛んでいく様子を連続シャッターのように捉えています。日常とはかけ離れた風景が見るものを別世界に誘います。

白砂の造形「銀沙灘」。縞模様は湖のさざめく波頭を象ったとも言われます。富士山のような向月台は月明かりを反射させて庭を照らしたとも言われますがはっきりしたことは分かっていません。最初に誰が作ったのかも謎。義政の時代にはまだここになかったそうです。記録に登場するのは江戸時代。当時の観光ガイドを見ると向月台が徐々に高くなっているのがわかります。この形が決まったのは江戸時代の終わり。今ではこの銀閣の庭に欠かせない存在となっています。

8月のある日銀沙灘の手入れが行われていました。前日の台風で大きく崩れこの日は大掛かりな修復となりました。まずはタコという道具を使って地固め。模様を描く前には砂肌を柔らかく均等に耕します。この砂は大文字山の北を流れる白川の砂。今はもう採取出来ない貴重な砂です。開始から1時間。やっと模様を描く下地ができました。その後職人さんが持っている凧糸を使って縞模様の中心線の位置をとります。この線がズレると縞模様全体の角度が変わりいつもと違う印象になってしまいます。縞模様はこの「レイキ」という道具を使って描きます。レイキの横幅が縞模様の一列の幅。作り方に「秘伝」というようなものはなくその時々で庭の管理を任された造園業者が決まった作り方を受け継いできました。

「作法」を作ることとは誰もがその美しさを受け継ぎ繋いでいけるということでもあります。名もなき人々の手で作られ受け継がれて来た美しい白砂の庭は今では銀閣の風情にしっくりと融け込んでいます。

足利義政が銀閣寺に結晶させた東山文化。曖昧な美の世界に「作法」を持ち込み、美しさを後世に繋ごうとしました。平安時代から香りとして楽しまれていた香もそのひとつ。義政の時代に「香道」として作法が整えられました。現在名古屋に本拠地を置く香道の最大流派、志野流香道。若宗匠の蜂谷さんに香の作法を教えていただきます。香木は東南アジアのある種の木がバクテリアなどの作用で何十年も熟成され変化した偶然の産物。種類は大きく6つに分類され「六国」と言われます。香道の「作法」にはそんな自然の恵みに感謝する意味も込められています。香炉の灰を整える「灰手前」。香木と会話する最高の舞台を整えるため心を込めて作法をします。山型に盛った灰は五つの面に分けられそれぞれ10本ずつの筋目を入れます。これは陰陽五行、つまり万物を形成する全てを表しています。愉しみ方も季節の風情に溢れています。秋の頃に好まれるのは「月見香」という組香。「月」と名付けた香木の香りを記憶し、その後炷き出される3つの香りが月なのかそうでないのかを聞き当てます。答えの書き方も風流。出された香の組み合わせを月に因んだ言葉で表すのです。香木の放つ声に耳を傾け精神を研ぎすます。

京都には古くから月を愛でる文化が息づいています。かの桂離宮もその一つ。桂離宮は月見のための舞台ともいわれます。月を愛でる、そのためだけに作られた最も美しい月見の場所。中秋の名月を池に映る月と共に眺めます。

京都のもう1つの月の名所・大覚寺。この大沢池は月を眺めるために作られた人造の池です。かつて高貴な人は上を見上げなかったため池に月を映して愛でたのだとか。宵待ち、十六夜、寝待ち、更け待ち、夜ごとの月に名前をつけて日々眺めてきた日本人。月明かりが浮かび上がらせるのは世界のもう1つの顔。月の世界に身を置くことで私たちは自然と深く交信してきたのです。

閉館直後の銀閣。案内して下さるのは大森先生。京都の寺院建築などを研究し銀閣は月を愛でるための建物ではないかと考えています。そう考える最大の理由は他の建物は南向きなのにこの観音殿だけが東向きに建てられていること。

義政はこんな歌も読んでいます。
我が庵は 月待山の麓にて かたふく空の影をしそ思ふ

そろそろ日が暮れてきました。中秋の頃には月待山の真ん中から月が昇ります。義政が究めようとした月待ちのひととき。この日は十六夜。月はためらうように十五夜より遅い時刻に昇ってきます。月を待っている間に大森先生が二層に案内してくれました。窓の下には錦鏡池。月が高く昇る頃にはこの池が鏡となって月を映し出します。十三夜には真ん中の石の上を月の影が通過するのだとか。月が西に傾く頃には庭から銀閣越しの月を愛でることができます。創建当時には庭にそのための建物もあったそうです。

そろそろ十六夜の月が昇って来る時刻。ためらいながら昇る十六夜。義政も見ることができなかった銀閣からの月です。やがて月が高く昇ると月明かりが地上の世界を美しく照らし出します。月が浮かび上がらせるのは幽玄の美を漂わせるもう1つの銀閣。闇にうち沈む錦鏡池に変わって浮かび上がるのは白砂の湖。緑の山は姿を消し白い砂山が神秘的な陰影を湛えます。日本文化の源流となった山荘はやはり月を待ち、月を愛でるために作られたのかもしれません。

銀閣寺に結晶した東山の文化は永遠に流れる川となって私たちのもとに流れつきました。そこには美を究めた義政とそれを受け継いだ人々が見いだした美しい作法があります。自然を慈しみ、人を思いやって先人が育んだ美しい暮らし。その中に新たな作法を見いだし明日に繋げるのは今を生きる私たちの役目です。それこそが明日の美しい生き方。
番組公式HPより
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作法と感性という問題について考えさせられる番組だった。
私は昨年銀閣寺を訪ねたが、月を愛でるために建てられたという説は大変魅力的だと感じた。
できることなら銀閣寺で月を愛でてみたいけれども、敷地面積の広い神社ならともかく、観光客の多い銀閣寺で観月の催しを執り行うのは難しいのだろうな。
でもきっと銀閣寺から観る月はさぞかし美しいのだろう。

月と云えば、実家に帰省した折には、マンションの12階の自室から山の端に昇る月を見上げるのがささやかな楽しみの一つだった。上京してからはとても叶わない贅沢なのだけども。
場所は異なれども、月を愛でる心は同じ。その心をより澄んだ美へと赴かせ、より洗練させるために作法があるのかもしれないとこの番組を観て感じた。

とはいえ私にとってはやはり月を愛でる感性あってこその作法だと思うのだ。
私を例に取って云えば、自然の機微を敏感に感じ取る感性は、幼少期から自然と共に暮らす中ではぐくまれてきた。
それは「在りし日の日本人」と重なる部分も多少はあるのかもしれない。
ただただ洗練された美だけを求めて、「伝統」という名のファッション、「非日常の中にある美」としてそれに触れるだけでは分からないことがある。
月を観る時、月もまた観る者の心を見ているのだから。

「日常」の中にある美に気づくことこそ、美を知ることの第一歩となるのではないだろうか。
美術館へ行くのも良い。旅行に出かけて旅先の景色の美しさに感嘆するのも良い。
だが身の回りにある美に気づいた時、きっと心は豊かになれる。
たとえば普段使っている器、本の装丁、紅茶の香り、家の軒先に咲く花々の可憐さ。
黄昏時の陰りゆく日の光、秋風の切なさ、情趣溢れる虫の声。
どこか遠いところにある美を求めるだけではなく、すぐ傍にある美に気づける人間でありたい。

伊福部昭の世界 〜ゴジラを生んだ作曲家の軌跡〜

●『伊福部昭の世界 〜ゴジラを生んだ作曲家の軌跡〜』
NHK Eテレ 8月30日(土)] 後11:00〜前0:00 

今年生誕100年を迎えた作曲家・伊福部昭(1914-2006)。「ゴジラ」「座頭市」「ビルマの竪琴」など300本以上映画音楽を手掛けたことで知られている。土俗的なリズムが執拗に繰り返され、「血湧き肉躍る」という形容がぴったりの生命力にあふれた音楽を生み出した伊福部は、日本作曲界の先駆者であり、日本の音楽を世界レベルに引き上げた偉人である。生誕100年、そして映画「ゴジラ」誕生60周年を機に改めて注目が集まる今年、「日本人ならでは」の音楽を探求し続けたその生涯と業績、人物像を、「日本狂詩曲」「シンフォニア・タプカーラ」などの代表作の演奏も交えながら描く。

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録画していた再放送を観ました。伊福部昭は最近クラシックを聴くようになって知った作曲家だったのですが、彼の思想的背景を今回初めて知ることとなりました。
生地・北海道に根ざした作品を作り続け、東洋と西洋との文化の間で苦悩し、「大楽必易」の境地に辿り着いた伊福部昭の生涯は、これまで西洋と東洋の文化の間を行ったり来たりしている私にとっては、大きなヒントとなりました。

私は大学二年生の時に西洋近現代史のゼミに入り、半期の休学を経て三年生の後期から日本古代史のゼミに移りました。
そこには自分の根源にあるモノ(記紀神話)に回帰したいという想いがあったのですが、そうすると西洋文化というものが自分にはそぐわないものに思われてしまって、しばらくの間西洋文化から遠ざかっていたのです。(西洋の文学もめっきり読まなくなりましたし)
それでも最近はクラシック音楽を聴くようになり、ようやく再び西洋文化に触れる糸口が見えてきました。
今まではかつて自分が否定してしまったものに立ち返るのが怖かったのです。
しかし、洋の東西を超えて文化に触れることは広い視野を持つという意味でも、創作に携わるという意味でも大変重要なことなので、今後は臆せずに向き合っていきたいと思います。

さて伊福部昭の極意は「芸術はその民族の特殊性を通過して共通の人間性に到達しなくてはならない」という信念にあると思います。
単に「日本的なもの」に自らをゆだね、そこに安住しきってしまうのではなく(そういう点で「葉加瀬太郎×梅若玄祥 神に選ばれし表現者たち ~世界遺産で奇跡の競演~ 」は至極残念な番組でした)、彼は常に自らのあり方を模索し、そして「普遍性」に辿り着きました。
普遍性を持ちうるものとは、私は古典だと思っています。文学にせよ、音楽にせよ、とにかくあらゆる芸術において古典を踏まえない作品は存在しえないのです。
(あえて「伝統」という云い方はしません。「伝統」は常に作為的に作られるものなので)
古典を超えられるのは古典を踏まえたものだけです。私たちにできるのは古典の再構築であって、前衛的な芸術さえも古典を超越するという意識によって作られています。
だから自分のアイデンティティを自覚するためにも、そしてそれを超えるためにも古典作品に触れるしかないのだと私は考えます。

2014.08.21 奈良旅行篇 弐 三輪山と大神神社

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春日大社のあとはローカルな電車に揺られて三輪へ。三輪山とそこに鎮座する大神神社は私の卒論のテーマでもあるので、今回の奈良旅行で必ず行っておきたいスポットでした。
これまで読んできた文献では三輪山を「秀麗」と評していましたが、聞きしに勝る三輪山の美しさに、ぼーっとしながら大神神社へ。

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大神神社は本殿を設けず、拝殿の奥にある三ツ鳥居を通し、三輪山を拝するという原初の神祀りの様が伝えられている、我が国最古の神社です。(大神神社パンフレットより)
拝殿へ向かい(写真に写ってるのは連れです)、三輪山に鎮まる大物主に届くように「幸魂奇魂守給幸給(さきみたま くしみたま まもりたまへ さきはえたまへ)」というお祈りの言葉を三唱しました。
大物主は蛇神であり、酒の神でもあるので、拝殿には卵と酒が供えられていました。テレビで見たことはあったのですが、実際に目にしてみると、他の神社ではこうした光景は見られないので、何だか不思議に思われました。

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その後御朱印をいただきに社務所へ入ると、中にはなで兎が。あまりのかわいらしさに何度も撫でてしまいました。
兎好きにはたまりません。

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いただいた大神神社の御朱印。

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続いて狭井神社へ。
薬井戸より湧き出でるご神水は、万病に効くといわれ遠近より頂きに来る参拝者が堪えません。
病気平癒の霊験あらたかな神様、大神荒魂大神をお祀りしています。(大神神社パンフレットより)

ご神水をいただいたところ、どこからか「ありがとうございます」と優しげな男の人の声が聞こえました。
傍にいたのは連れぐらいで、彼の声ではありません。不思議だなぁと後ろ髪を引かれつつ、次の神社へ。

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狭井神社のすぐ近くにある鎮めの池のほとりには、三島由紀夫の碑が。
曰く「日本のもっとも古い神のおそばに近寄ることは、一種の畏れなしには出来ぬと思っておりましたが、畏れとともに、すがすがしい浄化を与へられましたことは、洵にはかりしれぬ神のお恵みであったと思います。」
この言葉に、私が三輪山を仰いで感じたことが集約されているように思いました。
そうなのです、三輪山を仰ぎ見ていると、畏怖の念を湧き上がらせるとともに、すがすがしい心地になるのです。
それが三輪山の霊験の証なのかもしれないと感じました。

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展望台から見た大和盆地。

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その後は久延彦神社へ。
ご祭神久延毘古命は「山田の曾富騰(そほど)」と申し、所謂山田の案山子(かかし)であられます。知恵は世類なく優れておられ、「足は行かねど天下の事を、尽(ことごと)に知れる神」様です。(大神神社パンフレットより)
残念ながら本殿を写真に収めるのをすっかり忘れてしまっていたのですが、いただいた御朱印を載せておきます。

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続いてオホタタネコを祀る大直禰子神社へ。
ご祭神大直禰子命は大物主神のご子孫で、崇神天皇の御代大神の御心により、茅渟県陶邑(堺市陶)より召し出され、大神神社の神主となられました。(大神神社パンフレットより)
こちらは社務所がひっそりしていたので御朱印はいただきませんでした。

その後、桜井市の埋蔵文化財センターへ行き、三輪山祭祀関連の考古資料を見ることができました。
数はそれほど多くなかったものの、本物の子持ち勾玉を見ることができて参考になりました。
他にも滑石模造品が展示されていて興味深く拝見しました。
こういうものは文献で読むだけでは分からないので、実際に足を運ぶことができて良かったです。

そして三輪を離れるにあたって、駅で電車を待っていると、どこからか「また来てくれますね?」と声が聞こえました。
あの狭井神社のご神水をいただいた時に聞いた、優しげな男の人の声です。
もしかしたら大物主のお声なのかもしれない、と思うと、ありがたいやら嬉しいやらで心が温かくなりました。
またぜひこの地を訪ねてみたいです。
プロフィール

夕星桔梗

Author:夕星桔梗
元日本古代史ゼミ所属。作家志望のアマチュア物書き。

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