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日曜美術館 ガラスの巨人を超えろ~ガレに挑んだドーム兄弟~

2014年8月31日放送 再放送:9月7日よる
ガラスの巨人を超えろ~ガレに挑んだドーム兄弟~
出演

池田まゆみさん(美術工芸史家、北澤美術館学芸員)

19世紀末から20世紀初頭にかけて流行した装飾スタイル、アール・ヌ―ヴォー。その巨匠・エミール・ガレに、挑んだ男たちがいる。ドーム兄弟。
1870年の普仏戦争で故郷を追われ、新天地フランス・ナンシーでガラス工場の経営を始める。その時、手本としたのがガレだった。ようやく軌道に乗り始めたものの、ガレのものまねではという評価をなんとか払拭(ふっしょく)しようと、独自の探究を始める。自然をモチーフにしながら、強烈な個性を打ち出すガレのような表現ではなく、誰からも愛される素直な自然の美しさを出そうと試行錯誤を重ねた。優秀なデザイナーや職人を雇い、高度な技法を探究。兄弟力を合わせて、ドームならではのガラスの美を創り上げていく。
そしてついに、ガレと対決する日がやってくる。舞台となったのは、1900年のパリ万国博覧会。ガレもドームも、満を持して高度な新技法を使った作品で勝負に臨む。果たしてその結果は。
今回は、フランス・ナンシーに、ガレとドームの足跡を追いながら、ドームならではの魅力に迫る。

以上、公式HPより

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ガレの哲学的で芸術性を追求した作品も素敵だけど、ドームの繊細な自然の美を表現した作品も素晴らしい。
美には普遍性があるけども、その表現は一様ではない。そこに芸術というものの面白さがあるのだなぁと感じた。

ガレの作品には人間や、それを取り巻く世界の本質へと迫っていこうとする意識を感じた。
そこにあるのは表面的な美しさではなく、内面的な美しさ。深い精神性の表れを感じられる作品の数々に、心を鷲づかみにされたような心地がした。
中でもマルケットリーという技法によって制作された作品は芸術の一つの極致と紹介されており、同作品は1900年のパリ万博でグランプリを受賞した。
美術工芸史家、北澤美術館学芸員の池田まゆみさんによると、専門家の間では超絶技巧と呼ばれ、この時代にしか作り得ないものであったという。
その時代において最高の技術をもって至上の芸術を目指す。技巧と表現とが見事に重なり合い、響き合った作品に、芸術の神髄を見たように思う。

一方、ドーム兄弟の作品は、「春草文花瓶」(北澤美術館所蔵)に象徴されるように、草花が持つ本来の美しさを素直に表現している。
番組では同作品を見ると幸せな気分になると紹介されていた。確かに、そこにあるだけで優しげで繊細な花々を目にしているような雰囲気を持っている。
彼らは1900年の万博でアンテルカレールというガラス素地に絵模様を描いて、さらにガラスをかぶせる技法を用いた作品を出品し、ガレと同じくグランプリを受賞した。
そのような技巧を凝らしながらも、ドーム兄弟の作品は詩情をたたえている。見る者を圧倒するというよりは、見る者の心に優しく語りかけてくるようだ。
表面上の美しさの中に、優しさと安らぎとが心地よく配置され、見る者の心と通じ合う。
それもまた芸術の持つ力なのだろう。
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2014.08.21 奈良旅行篇 弐 春日大社

奈良・京都旅行二日目はまず春日大社へ。

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春日大社の鹿は場所が場所だけに、さすがに神の使いとしての風格を兼ね備えつつもかわいらしかったです。

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春日大社の御朱印。

春日大社は2011年に根津美術館で春日宮曼荼羅図を観て以来、ずっと訪ねてみたかった聖地なので、今回お詣りすることが叶って嬉しかったです。
本殿を拝見できる特別拝観には残念ながらご縁がありませんでしたが、春日大社宝物殿で催されていた「王朝の雅」を観ることができました。
中でも目を引いたのが舞楽の装束。これまで実際に観たことのある雅楽の装束は左方(唐楽)のものだったので、右方(高麗楽)の衣装を見られて嬉しかったです。
他にも現代に復元された束帯装束や女房装束(十二単)などのメジャーな平安装束や、春日大社で用いられる装束の数々を堪能することができました。
他にも平安時代に作られた笙や鶴の造形物など、関東ではあまり目にする機会のない国宝を見られて良かったです。

世界遺産 時を刻む「中国 湖に竜が目ざめるとき・伝説」NHK BSプレミアム

今回訪ねるのは、中国南部の湖南省と湖北省にまたがる洞庭(どうてい)湖。そしてその湖畔で暮らす人々です。洞庭湖は詩人の李白や杜甫が絶賛した美しい湖ですが、昔から湖底に竜が住んでいると言われてきました。その竜をはじめ土地の守り神に祈りと感謝を捧げるのが旧暦5月の「端午節」で、世界無形文化遺産に登録されています。端午節の最大のイベントは洞庭湖周辺の川でさかんに行われる竜船競争。竜船には、洪水を防ぎ農作物が豊作になる願いや無病息災を竜神に祈る意味が込められています。
今回の舞台のひとつは洞庭湖の南にある湖南省狄湖村(てきこむら)。親子2代にわたって竜船を作る職人一家を中心に、端午節のために悪霊払いを願って製作した特別の竜船とそれを村人たちが川で泳がせる行事を伝えます。また、この地は竜船競争発祥の地といわれます。2300年ほど前、楚の国の政治家・屈(くつ)原(げん)が世をはかなんで端午節に入水したとき、村人たちが先を争って竜船を漕ぎ出し捜索したことが競争の起源とされているのです。
屈原の魂は、長江を流れて、今回訪ねるもうひとつの村、湖北省黄石市・道士洑(どうしふく)村にたどり着き、神の一人になったという伝説があります。道士洑村では、毎年端午節に、巨大な竜船を作り、そこに屈原をはじめ108体もの道教の神々の像を乗せて村の家々を回った後、長江に流すという儀式を行なっています。この村の場合は、専門の職人でなく、信仰心厚い若者を中心に村人総出で儀式の準備を行います。
いまも根強く受け継がれる伝説に人々が求めるものは何でしょうか。向井理さんのナビゲーションを交えながら、二つの村の端午節を訪ね、竜船に姿を変えてよみがえった竜のパワーを体感します。

以上、公式HPより
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たまたまtwitterのTLで知ったので観てました。中国における龍信仰は少々囓ったことがありますが、実際にその土地で行われている祭りを映像で観たのは初めて。新鮮な驚きがありました。洞庭湖をめぐる村々での端午節のお話でした。
まずは狄湖村の竜船競争。竜船といえば私の故郷・長崎でもペーロン大会が催されますが、その起源となったお祭りです。屈原にゆかりのあるお祭りだったとは知りませんでした。

そしてその屈原の魂が行き着いたという道士洑村のお話。そこで行われる竜船のお祭りを観て、私は長崎の精霊流しを思い出しました。長崎の精霊流しでも爆竹を盛大に鳴らします。船に乗せるのは亡くなった人の魂ですが(初盆の家のみ)町を練り歩き、水(長崎では海)に流すのは共通しています。そして最後の竜舞。長崎で云うところの龍(じゃ)踊りの起源でしょうか。本家の方がアクロバティックでした。

他にも一部分ではありますが、柳毅伝説を京劇で観られたり、道士洑村の端午節で道士が執り行う祭りの様子が観られたりと、おいしい番組でした。柳毅伝説は唐代伝奇の中でも特に好きなので、実際に柳毅が竜王として祀られ、信仰を集めているのを観られて嬉しかったです。

そして何より、龍の信仰が文化大革命を経ても潰えず、今も脈々と受け継がれていること、さらにそれを担っているのが若い人びとであるということに感動を覚えました。文献を読むだけでは分からない、生きた信仰を感じ取ることができ、なんと尊いのだろうと心が震えました。グローバル化が進む今、価値観の変動は絶え間なく起こり、古来から続く信仰を次世代に受け継いでいくのはそうたやすいことではないと思いますが、信仰を過去のものとすることなく、人びとの心の中に深く根ざしたものとして継承していってほしいと願ってやみません。

2014.08.20 奈良旅行篇 壱

奈良・京都旅行へ行ってきました。一日目は興福寺と春日大社萬葉植物園で催されていたイルミ奈〜らへ。予想外の猛暑でたじろぎました。イルミ奈〜らは夢のような世界観が素敵でした。萬葉植物園そのものもいつかじっくり見たいです。

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ホテルのすぐ近くだったので興福寺にはお昼にも行ったのですが、夜にはライトアップされていて、昼間とはまた違った風情を楽しむことができました。夜空には星が美しく瞬いて、遠い昔の人びとも同じ空を見上げていたのだと思うと不思議な心地がしました。
興福寺は大部分が工事中でじっくり拝観できなかったのが残念でしたが、いずれまたお目にかかりたいです。
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興福寺の御朱印。
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梅沢 伊勢三『古事記と日本書紀の検証』

古事記と日本書紀の検証古事記と日本書紀の検証
(1988/06)
梅沢 伊勢三

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古事記および日本書紀の成立やその史料としての性格を学ばずして記紀神話は語れない、ということで、手始めに読んでみたのが本書である。
帝紀・旧辞の問題に関しては未だ定説を見ないとゼミ教授から伺ったので、これ一冊を読んで満足してはなるまいと思っていたのだけれど、論旨明快、極めて簡潔に古事記および日本書紀の性格について書かれた良書だった。

まず著者は古事記が日本書紀の資料として用いられたとする旧来の説を否定する。
古事記と日本書紀は共通の資料――帝紀と旧辞を元に書かれた二つの異伝であった。
だが古事記は音訓交用の文体、日本書紀は漢文的表記によって書かれている。両者の表記方法は奈良時代において平行して存在しており、古事記に見られる音訓交用の文体は帝紀・旧辞の漢文風な古伝記述への批判によって生じたと著者は説く。

一見、古事記の文体は古来からの口誦に基づく文体であるという印象が強いため、古事記の方がより帝紀・旧辞の旧態を留めていると考えてしまいがちだが、著者は日本書紀が引用している古文献に通じている人でなければ古事記を製作することはできなかったと考えている。

さらに古事記の撰者は「削偽定実」、つまり撰者の意図や理念や判定に合致しないものは容赦なく削除し、撰者の立場からの認定に適合するものを「正実」として決定したと著者は指摘する。
一方日本書紀では「記定」を基本的な方針とし、旧存の帝紀を国史として記し定めた。
また古事記が諸説統合定実主義なのに対し、日本書紀は諸説集成存疑主義という撰述理念の違いがあったと強調している。つまり、古事記はあくまでも一つの本伝正伝を決定しようという態度であるのに対して、日本書紀は「一書」に見られるように諸説を網羅集成して、決定困難なものはその判断を後代に残すという態度を取ったというのだ。
よって両者の記述の相違は、「日本書紀に見られるような雑多な旧説の不統一と矛盾を除き去ったのが古事記の説である」ために生じたものだと著者は主張している。

よって旧資料(帝紀・旧辞)の方向を受けつぎ、その原形を残しているのが日本書紀であり、この資料への批判是正を目標として作られたのが古事記であると著者は結論づける。

なお古事記と日本書紀の国家観の違いは、古事記が氏族的血縁国家であるのに対し、日本書紀は官僚的国家という方向性を持っていたと著者は記している。
古事記が日本書紀よりも天皇の生子の数が多いこと、後裔人物の記載が多いこと、後裔氏族の皇室との結びつきが圧倒的に多いことから、皇室を宗家とする血族国家の構造が古事記にはあったというのだ。

また注意しておかねばならないのは、古事記が過去を語ることによって強く現在を規制し、将来をも律しようという意図をもっていたという点である。
古事記とは漫然たる古伝の書に止まるものではなく、旧存「帝紀」的な所伝を踏まえつつも、さらにそれを越えた独自の国家観を構成し主張しているのである。

以上、本書の要旨をまとめてみたが、これに基づく記紀の三輪山伝承の考察は卒論で書くことにするので、ここでは触れないでおく。

谷崎潤一郎「蘆刈」

吉野葛・蘆刈 (岩波文庫 緑 55-3)吉野葛・蘆刈 (岩波文庫 緑 55-3)
(1986/06)
谷崎 潤一郎

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まるで作品の構造がお能のようだなぁと読後感に浸りながら解説を読んだら、夢幻能の「江口」を意識した作品とのことで、お能好きにはたまらなかった。生まれついてのお姫様のようなお遊にかしずく夫婦という図はいかにも谷崎らしいけれど、微塵のいやらしさも感じさせない美しい作品。
それはひとえに語り手の父とその妻の静の間柄が清らかなものであったからだろう。二人がお遊に捧げる愛が混じり気なきものであったからこそ、この作品は上品な味わいをたたえているのだ。

そのような関係にあって、語り手の父のお遊への色めいた想いが語られている次の一文は際立っている。

それについてもおもい出しますのは父は伽羅の香とお遊さんが自筆で書いた箱がきのある桐のはこにお遊さんの冬の小袖ひとそろえを入れてたいせつに持っておりましてあるときわたくしにその箱のなかのしなじなを見せてくれたことがござりました。そのおり小そでのしたにたたんで入れてありました友禅の長じゅばんをとり出しましてわたくしの前にさし出しながらこれはお遊さまが肌身につけていたものだがこのちりめんの重いことをごらんといいますので持ってみましたらなるほど今出来の品とはちがいその頃のちりめんでござりますからしぼが高く糸が太うござりまして鎖のようにどっしりと目方がかかるのでござります。どうだ重いかと申しますからほんとうにおもいちりめんだといいましたら我が意をえたようにうなずきまして(…)このざんぐりしたしぼの上からおんなのからだに触れるときに肌のやわらかさがかえってかんじられるのだ、縮緬の方も肌のやわらかい人に着てもらうほどしぼが粒だってきれいに見えるしさわり加減がここちよくなる、お遊さんという人は手足がきゃしゃにうまれついていたがこの重いちりめんを着るとひとしおきゃしゃなことがわかったといいまして(…)あああのからだがよくこの目方に堪えられたものだといいながらあだかもその人を抱きかかえてでもいるように頬をすりよせるのでござりました。


そしてお遊さんが妹とその夫に乳を吸わせるシーンはエロティックな中にも奥ゆかしい気品があって、谷崎でなければこういう絶妙な雰囲気を保つことは難しいのではと感じた。「語り」を意識した文体も淀みなく、流れるようで心地いい。

しかしあるとき吉野へ花見にまいりましたせつに晩にやどやへつきましてからお遊さんが乳が張ってきたといっておしずに乳をすわせたことがござりました。そのとき父が見ておりまして上手にすうといって笑いましたらわたしは姉さんの乳をすうのは馴れています。姉さんは一(はじめ)さんを生んだときから子供にはばあやの乳があるので静さん吸っておくれといっておりおり私に乳をすわせていましたと申しますのでどんなあじがするといいましたら嬰児(ややこ)のときのことはおぼえていないけれどもいま飲んでみるとふしぎな甘いがします、あんさんも飲んでごらんといってちちくびからしたたりおちているのを茶碗で受けてさし出しますから父もちょっとなめてみてなるほどあまいねといって(…)


「吉野葛」「盲目物語」を読んで以来、個人的に谷崎の評価はうなぎ登り。
それ以前に読んだ「刺青」「秘密」「痴人の愛」「猫と庄造と二人のおんな」は谷崎って好き者だなぁという印象だったのだけど、古典を題材にした作品は見事の一言に尽きる。「春琴抄」は春琴が鼻について素直に読めなかったから読み直してみようかな。今なら真価が分かるはず。
プロフィール

夕星桔梗

Author:夕星桔梗
元日本古代史ゼミ所属。作家志望のアマチュア物書き。

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