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千年の聲 散華と錫杖@スパイラルホール

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声明とは
日本の仏教寺院で、僧侶が儀式のときに唱える声を「声明」といいます。もとは古代インドの五種の学問(五明)の一つで、言葉の学問(シャブダ・ヴィドヤー)を意味し、サンスクリット(梵語)の学習のため密教とともに日本に伝わりました。一方、仏教の声楽は「梵唄(ぼんばい)」といいますが、日本では鎌倉時代以降は「声明」の用語が「梵唄」の代わりに用いられるようになりました。

仏教が日本へ伝えられたのは6世紀頃ですが、当初の法会は転経(読経)と講経(講義)が主で、声明の遜愛が明らかとなるのは、752年の東大寺大仏開眼供養で唱えられた四箇法要(唄・散華・梵音・錫杖)が最初です。その後、9世紀初めに弘法大師空海により真言声明が、中頃に慈覚大師円仁により天台声明が、中国から伝えられました。そして12世紀平安後期yり14世紀の鎌倉・南北朝に隆盛し、記譜法・楽譜・音律論・演奏法等が整備されました。文明4年(1472年)には、現存する年紀の明らかな印刷楽譜としては世界最古の「声明集」が高野山(南山進流)で刊行され、声明の普及がはかられました。

式次第
第一部「散華」
 散華上段 七聲会 天台魚山聲明より

 同下段 迦陵頻伽声明研究会 真言豊山聲明より

お話 新井弘順 「散華」について

散華上・下段 声明の会・千年の聲 鳥養潮作曲「存亡の秋」

第二部「錫杖」
 錫杖一條 七聲会 天台魚山聲明より

 同二・三條 迦陵頻伽声明研究会 真言豊山聲明より

お話 新井弘順 「錫杖」について

錫杖 一・二・三條 声明の会・千年の聲 鳥養潮作曲「存亡の秋」

「散華」
 香華を道場に散らして本尊に供養する漢語の賛歌。仏が説法するとき天から華が降ってくるという経説に基づく。

「錫杖」
錫杖の功徳を説く漢語の曲。インド伝来の鳴らしもので、修行者が山野を遊行するときに蛇や毒虫を追い払うために打ち鳴らされたという。のちに転じてこの錫杖の音に依り、煩悩を除き三界の苦しみから覚醒する義となる。錫杖は比丘十八物の一具であり、柄の長いものと短いものとがあるが、主に聲明では後者のものを用いる。

声明というものを聴くのは実はこれが初めての機会だったので、なんとなくお経のようなものを想像していたのですが、実際に聴いてみるとその豊かな音楽性に驚かされました。
今回は天台声明と真言声明を同時に楽しめるという得がたい機会に恵まれ、お坊さんのお話でも実際に天台声明と真言声明の違いを比較して聴かせてくださったのでわかりやすく、また興味深かったです。
天台声明はシンプルであるゆえの聖性を感じましたし、真言声明は天台声明と比べるとより音楽性に富んでいる印象を受けました。
またお話では、同じ旋律の繰り返しのようにも聞こえる声明の中に「雲雀返し」と呼ばれる独特な発声法や、真言声明の「錫杖」では急に早くなる部分が入っていたりと、様々な工夫がなされていることを知ることができました。
最後の新作声明「存亡の秋」は作曲家の方があの9.11の同時多発テロを受けてお書きになった曲ということもあってか、まるで聖歌のように声と声とが重なり合い、小宇宙を描き出す壮大な音楽で聞き応えがありました。

それから嬉しかったのは天台宗・真言宗双方の僧服を間近で拝見できたこと。声明を歌いながらお坊さんたちがぐるぐると循環する場面があったので、前方の席にいて大正解でした。天台宗の僧服は無紋で声明と同じくシンプルで厳かな印象を受けましたが、真言宗の僧服は袈裟の衣紋も鮮やかで、全体的に文様が施されていました。

コンサートから一日が経って、再び声明を聴きたくなってきました。またぜひ機会があれば聴きに行きたいです。
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「大王御製の意義」@國學院大學

今日は國學院大學にて一般向けの公開講座「大王御製の意義」を拝聴してきました。
万葉集の巻一の巻頭歌である雄略天皇の歌が、なぜそこに置かれたのかという論点で話が進み、日本書紀や古事記から見えてくる雄略天皇の姿に触れながら、「万葉集の論理」に迫るという構成でした。結論は出なかったけど……。
まとめとしては、巻頭歌の特徴である求婚歌に焦点を当て、古事記にも雄略天皇の求婚譚や婚姻譚が載せられていることから、残虐非道な「大悪天皇」として雄略天皇を描く日本書紀とは違う論理が働いているのだろうというお話でした。
それからもう一点の着目点はその求婚歌の意味。そこにはすなわち子孫繁栄や天皇の御代を言祝ぐという意味がこめられていたのです。これが他の天皇御製の歌にも通底する意識なのかどうかというのが新たな問題点として取り上げられ、講座は幕を閉じました。

私は万葉集に関しては全くの素人なんですが、文学性の強い古事記の記述が万葉集にも影響を与えているというのはとても興味深かったです。講師の先生は、あくまでも万葉集は万葉集として読むべきだとおっしゃっていましたが、少なからず影響関係はあったんだなぁと感じました。
万葉集には中国文学の影響もあったと別の場所で聞いたことがあるので、そちらの観点から天皇御製の歌について探っていくのも面白そうだと思います。
そういえば冒頭に「大王」と「大君」の使い分けの問題が取り上げられていました。中国においては厳密に使い分けられるこの言葉は、万葉集では混用することが多いのだとか。それは中国における君主像と日本のそれが異なっているからなのかもしれません。飛鳥時代までは日本では「大君」という言葉はほとんど使われていなかったようですし、そのあたりを調べてみると面白いでしょうね。君主像は宗教にも大きく影響を及ぼしますし。講師の方はあまり深くは触れられませんでしたが。

参加者の方は、学生が多いのかなと思いきや、國學院の卒業生の組織である院友会が母体となっているからか、ご年配の方が圧倒的に多かったです。みなさん意識が高いんだなぁという印象を受けました。
それはともかく、自分の無知を思い知らされた次第ですので勉強頑張ります。
講座が終わった後、國學院の神社に詣でてきました。いやぁ、いい神社ですね、あそこ。構内にあるのにひっそりとしていていい佇まいでした。

自宅の最寄り駅に帰って、いつもお世話になっている近所の古本屋さんにて、続日本紀三巻を購入。四巻が欠けていたのが惜しいけれど、三冊で計900円也。日本古典文学大系の続日本紀は日本古代史ゼミ教授も評価していらしたので買えて良かった◎
國學院の神社がお祀りしている天照大神様に日頃の感謝をお伝えしたのが良かったのかな? 頑張りなさいと云われているような気がします。BhEExw-CUAA6dQ7.jpg

さっそく続日本紀をぺらぺらとめくっていたら、文武天皇四年三月己未に面白い記事があった。道照という僧が亡くなって、日本で初めて火葬を行ったというもの。その僧は玄奘に師事して別れ際に鐺子(なべ)を贈られるんだけど(ちなみにその鐺子を使って煮炊きした料理は万病に効くという)、帰国の船に乗っていたら海神が鐺子を欲して船の行く手を阻むので仕方なく鐺子を海に投げ入れると、船が進み出して日本に帰れたという逸話が乗っていて興味深い。註によると遣唐使船には主神と陰陽師が乗船することになっていたとのことで、当時の宗教観の一端が伝わってくる気がする。
こういうものにばかり惹かれてしまうのはもはや私の性ですね。

蒐集品のご紹介

蒐集品のご紹介。


うさぎ
うさぎのちりめん手ぬぐいと清水焼きのお香立て。

萩とうさぎ
月と萩とうさぎ。秋の手ぬぐい。

桔梗とうさぎ
月と桔梗とうさぎ。

うさぎと椿
椿とうさぎ。ガーゼ地です。

椿
竹久夢二の椿の手ぬぐいと椿柄のポーチ。

集めているのは和のうさぎモチーフ、桔梗モチーフ、椿モチーフ。
集めたいのは手ぬぐいに限りませんが、手に入りやすいしかさばらないのでつい布モノが多くなってしまいます。
立体物がもっと欲しいな。
モチーフだけで選ぶなら沢山集まりそうなものですが、好みで厳選しているのでなかなか集まらないのです。
和雑貨屋さんは大好きなのでよく行くものの、好みのものとはなかなか出会えず。
欲しい!と思うものもあるのですが、お値段に悶絶して手が出ないまま見送ることも多いです。
某お香屋さんの桔梗をかたどった香袋を逃したのは今でも後悔してます……最近椿の香袋が出たのですが、そちらは食指が動かず。
去年神楽坂で見かけた椿のちりめん手ぬぐいは、お値段一万円超だったな。さすがに良い意匠でした。

蛇と防疫

先月28日、千葉県南房総市和田町仁我浦で民俗行事網つりが行われたことを知る。稲わらでつくった大蛇を飾り、疫病除け・魔除けを祈願する行事だという。
またその後栃木県小山市で間々田のジャガマイタという民俗行事が行われていることを知る。この行事では五穀豊穣・災害消除・悪疫退散を祈願するという。
さらに千葉県匝瑳市時曽根で時曽根の大蛇まつりという神事が行われていることを知る。この行事では家内安全・無病息災・悪魔退散などを祈願するとのこと。
上記三つの祭りに共通するのは大蛇を祀っていること、そして疫病除けを祈願しているという点。
大蛇と疫病との関係が気になり、考えてみることにした。

そこでまず頭に思い浮かんだのは奈良時代の二条大路木簡だった。
「南山之下有不流水其中有 一大蛇九頭一尾不食余物但食唐鬼朝食三千暮食 急々如律令」
この場合の唐鬼とは当時流行していた天然痘を指す。大蛇に疫病除けを祈願するというファクターは重なっている。
以前大学の日本古代史ゼミでこの木簡について発表したことがあったが、その時教授が「この一大蛇九頭一尾というのは八岐大蛇のことだ」とおっしゃっていた。八岐、つまり八つの股を持つ=頭が九つあるということらしい。
だが八岐大蛇は元々水神であり、疫病除けの神ではない。では疫病除けと大蛇との関係はどこから来たのだろうか。
そこで考えたのが八岐大蛇と関わりの深い、防疫神としてのスサノヲの存在だった。茅の輪くぐりに見られるように、スサノヲは防疫神の性格を持っていたと考えられる。中世以降になるとスサノヲは牛頭天王と習合し、ますますその性格を強めていく。
スサノヲの八岐大蛇退治の場面がクローズアップされ、やがて八岐大蛇だけが残ったために大蛇に疫病除けを祈願するようになったのではないか。
また間々田のジャガマイタの起源とされる八大竜王の中には、和修吉(ヴァースキ)という九頭龍が存在する。八大竜王は雨乞いの神だというが、なぜそこから疫病除けを祈願するようになったのか。和修吉と八岐大蛇とがリンクしたと考えることはできないだろうか。これらは推測に過ぎないので、もっと詳しく調べてみたい。

2014.04.06追記
もう何年も前に読んだ松村武雄『日本神話の研究』に、八岐大蛇とスサノヲが重なっているという指摘がなされていたことを思い出したので、書いておく。

(…)八岐大蛇の本質的な素性は、水・農耕に関係の深い一つの神であつた。そして我が素尊は、邪悪な害物としての大蛇を艾除する人文的英雄である以前には、さうした神としての大蛇の一つのdoubleであつたとすべきこと、切言すれば、水・大地の生成力としての畏き神八岐大蛇が素尊の相そのものであつたとすべきこと(…)――松村武雄『日本神話の研究』第三巻、培風館、1955年、p216

このオーバーラップは、スサノヲと八岐大蛇とが分離して、八岐大蛇がスサノヲに退治されるまでを指しているけども、その後の両者の関係も切っても切れないものだったのではないだろうか。

新日本風土記 白川郷

奥飛騨の深い山の谷間にいつから人が住み始めたのか定かな記録はないが、古来より脈々とこの地で人々の暮らしが営まれてきた。
世界遺産にも登録された合掌造りの民家が現れたのは江戸時代なかば。養蚕を目的に考案された幾層にもなる茅葺きの家屋は、本来の役割を終えた今も114軒が残り、そこに人が暮らしている。
雪に閉ざされる長い冬が近づく。屋根の葺き替え、雪囲い、漬け物作り、火事への備え、祭り・・・集落が一つになる。それは、厳しい冬を幾度も経ることで培われた“結”の姿。
山あいの小さな集落の冬支度を見つめ、時代が移りゆくなかで変わることなく受け継がれている人々の絆を見つめる。

<オムニバス項目(予定)>
●“結”を育む屋根葺き・・・村中で役割分担し助け合う。この作業から“結”が生まれた。
●当番がいっぱい!・・・火の用心、神社の祭礼。住民の連携が欠かせない。
●女と男の共同作業・・・女たちは保存食の切り漬け作り、男たちは風と雪を防ぐ雪囲い。
●花嫁来たる・・・冬を前に結婚式。金沢市から花嫁がやってくる。花嫁行列で祝福。
●信仰と絆・・・浄土真宗の法要行事「報恩講」。料理を分け合い持ち帰り、絆を確認。
●新年を祝う・・・元日は、春駒踊り。七福神と舞子に扮した村人たちが集落を練り歩く。

(新日本風土記公式HPより)

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今回の舞台はあの「ひぐらしのなく頃に」の雛見沢村のモデルにもなった白川郷。
白川ダム建設により、合掌造りの家々が並ぶ集落が水底に沈んだというのは実際に起こったことらしい。
唯一残った白川村荻町では、合掌造りの家々の家長たちの集いである大寄合において観光で生計を立てていくことや、合掌造りを「売らない」「貸さない」「壊さない」という三原則を取り決めた。
人々の絆、「結(ゆい)」があったからこそ、この集落は養蚕業を行わなくなった今も形を留めているのだろう。

さてここからは覚え書きを頼りに、私の関心事に沿って番組を辿ってみたい。(つまり祭礼と信仰がメイン)
まずお正月の春駒。村の人々が七福神に扮して家々を回る。

2014年新春元旦 世界遺産白川郷 春駒踊り

続いて毎年10月14・15日には「ひぐらしのなく頃に」に登場する古手神社のモデルとなった白川八幡神社で、秋の例大祭・どぶろく祭りが行われる。この祭りでは獅子役者と称される特別に選ばれた人々により獅子奉納が行われる。
祭りの様子はこちらのブログに写真が載せられているので参考までに。

最後に浄土真宗の法要行事・報恩講こと「ホンコ様」。
この行事では一年を通して保存されてきた四季折々の食材を使った精進料理「お斎(とき)」が振る舞われる。
その品数は25品。その場では食べずに、ホンコ様に参加した人々が家に持ち帰り、家族で分け合って食べるという。
番組では「行き来ができなくなる冬を前につながりあう」と紹介されていた。
人々のつながり「結」が暮らしを守り、村を守っているのだ。

私はこの番組を通して生活を観光資源とすることについて考えてみた。確かにそうして旧来の生活様式が未来に保存されるという意義は大きい。しかし生活は文字通り生き物だ。時代とともに変化していくものでもある。その変化を受け入れながら、いかに伝統ある生活様式を未来に伝えていくのか。
また生活は実際に合掌造りに暮らしている人々によって成り立っている。それを未来へと伝えていくためには、後継者となる若者の存在が不可欠だ。生活者のいない生活は、もはや人のいない過去の文化に過ぎないのだから。

また人々の暮らしの中に信仰があるということについて考えさせられた。
現代社会に生きる人々は冠婚葬祭といった儀式の中に半ば形骸化した信仰を見つめ直すだけで、暮らしの中に信仰があるわけではない。
しかし本来信仰は日々の生活の中にあり、それが祭礼というハレの場に昇華されるのだ。祭礼の場限りの信仰では神様にはきっと届かない。
生活の中に息づく神を畏れ敬う心。それこそが我々現代社会に生きる人間たちが失ってしまった最たるものなのかもしれない。

schola 坂本龍一 音楽の学校 「日本の伝統音楽」(1)

日本の伝統音楽編 第1回
ゲスト:小沼純一、星川京児、小島美子、関根秀樹

2月6日(木)からは5回連続で「日本の伝統音楽」をお届けする。シーズン4の2つ目のテーマは、「日本の伝統音楽」。日本の独特の音・音楽をひも解く。雅楽、能・狂言、浄瑠璃などをピックアップし、その成立や特徴を学ぶ。

「日本の伝統音楽」、1回目の講義では、日本列島に縄文時代から現代まで通底する「音の響き」を取り上げる。各地で出土し、「楽器」として利用されたとも考えられている石笛、土笛、土鈴などがどのような響きをもっていたのかを紹介。先史時代の音楽を「想像」する。

ワークショップは、子供たちが竹笛作りに挑戦。自作の竹笛で合奏し先史時代の人々の音楽を追体験する。

(schola公式HPより)

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昨日が日本の伝統音楽編の第1回放送だった。
復元された石笛や土笛、土鈴の音を聴く機会に恵まれたというだけでも大いに見る価値があった。
そして何より、音楽の起源が呪術にあることを再確認させられた。
特に興味深かったのは国立歴史民俗博物館名誉教授・小島美子氏のお話。呪術に用いられた楽器は、人に聴かせるものではなくて呪術者と神との交信のために使われたのだという。土鈴もまた小さな音しか鳴らないように中に小石が入れられて使われたというのだ。
シャーマニズムと音楽というテーマは実に興味深い。その一例としては巫女と梓弓の関係が挙げられよう。今回番組を見て、このテーマについてもっと深く調べたくなった。

そして番組の最後は教授のピアノと、古代技術&民族楽器研究者・関根秀樹氏による石笛&蟲笛の即興演奏。コンピューターの音を上手く組み合わせながら古代の呪術的な世界を見事に表現していた。
蟲笛といえばナウシカを思い出す。実在する蟲笛もまた呪術的な楽器として用いられていたらしい。シャーマニズム関連の文献にはナウシカは脱魂型のシャーマンという記述があったから、宮崎監督自身がナウシカのシャーマン性を意識して蟲笛をアイテムとして持たせたのかもしれない。

次回は去年のクリスマスに演奏を聴きに行った伶楽舎さんが登場するということで今から楽しみ。

歴史秘話ヒストリア 戦国 美の革命 ~異色の武将・古田織部の生涯~

歴史番組というものは得てして人物ばかりに着目する。その方がわかりやすいし、取っつきやすいというのが理由なのだろう。このヒストリアという番組もまた人物や歴史に残る合戦から人物像を描き出すという手法が多いように見受けられる。
しかし今回取り上げられたのは織部焼きというモノだった。番組自体は吉田織部という人物の生涯に沿って進められたが、私が評価したいのは、織部焼きと織部の死後作られるようになった磁器との比較により、「平和な江戸時代」というテンプレな歴史観に一石を投じたラストパートだ。
磁器は軽く、使い勝手が良くてなおかつ均一的な造形をしているが、織部焼きはアシンメトリーな形をしていたり、当時としてはめずらしい絵付けが施されていたりと、革新的な器であったと番組では紹介されていた。そこから秩序を重んじる江戸時代と、既存の価値観から外れた織部の生き方を対比させたのは安易と云えば安易だが、織部焼きの持っていた可能性や現代にも通じる価値を、閉塞的な空気感の漂う今、改めて世に問うた意義は大きかったのではなかろうか。

ところでモノから歴史を見るという考え方は、秋学期に受講した東洋考古学の授業でも学ぶところが大きかった。
モノから歴史を見る、つまりモノの作り手や使い手や素材、そして流通経路に視点を向けることで、政治史だけからは見ることのできない歴史を知ることができるという考え方だ。
今回の番組でも織部焼きの登り窯を探っていくことで、豊臣秀吉の朝鮮出兵により朝鮮から連れてこられた陶工たちの足跡や、当時最新だった唐津の技術が美濃にもたらされたという歴史を知ることができた。
私は大学で文献中心の実証主義歴史学を学んできたので、こうした新たな視点が新鮮に感じられた。今後大学で歴史学を学ぶ時間も少なくなってはきたが、個人的に歴史を勉強していく上でも生かしていきたい。

三浦佑之『口語訳 古事記―神代篇』

口語訳 古事記―神代篇 (文春文庫)口語訳 古事記―神代篇 (文春文庫)
(2006/12)
三浦 佑之

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去年講談社学術文庫版の古事記上巻を読んで、再び記紀神話について学んでみたくなったので、大学教授の薦めもあり手に取った。語り部の古老による語りという形式は肌になじみやすく、「語りの論理に生きる」古事記本来の姿を呼び覚ますことに成功している。また時々挿入される古老の独白が物語を生き生きとさせていて、登場する神々の息づかいを感じさせてくれる。

古代より読み継がれてきたこの書には様々な問題点があるが、私の興味の対象としてはまずシャーマニズムが挙げられる。
古事記に登場するシャーマンといえば、まずはアメノウズメが想起されるが、斎藤英喜氏によればアメノウズメが仕えたアマテラスもまた「戦う女性シャーマン」であるという。暇乞いをしに高天原に昇ってきた荒ぶる神・スサノヲをアマテラスは武装して迎え撃つ。その姿は「数多くのタマを髪の毛や腕に巻きつけ、邪霊から身を守り、弓を振りたてて悪霊と対峙するシャーマンを彷彿させる」と斎藤氏は記している。
また日蝕の神話化とされる「アマテラスの岩屋ごもりの神話はシャーマンたちが死んだ太陽を呼び戻そうとする呪術儀礼と考えられる」というのだから興味深い。これは古事記が成立する過程で当時のシャーマニックな要素を多分に吸収していったためと考えられる。

さらに斎藤氏によればオオクニヌシもまたシャーマンであったという。オオナムヂの根の堅州国訪問の神話はシャーマンの成巫儀礼を神話化したものだと斎藤氏は説く。出雲を舞台としたオオクニヌシの神話では、動物たちがいきいきと活躍する。

動物たちとコミュニケーションし、彼から幾多の知恵を得るオオクニヌシ。そうした世界を物語る『神話』を知った者は、自らもまた動物の秘密、その知恵を自由にする力を得ることになる。(中略)宇宙、世界や事象の起源を語る神話とは、世界、物事すべてについての秘密の『知識』を構成する、きわめて実践的な言葉としてあったのだ。その秘密の『知識』を手に入れる者こそ、シャーマンであった」


つまり神話を抜きにしてシャーマンは語れないが、神話もまたシャーマンを抜きにして成立し得ないということなのだろう。
その他にも、古事記にはタカクラジというシャーマンが存在する。また丹塗矢型神話として名高いセヤダタラヒメもシャーマンであり、三輪山伝承に興味のある私にとっては重要なファクターである。

また私が関心のある問題を挙げるとすれば、異界訪問譚が挙げられる。
中でも常世については以前から関心があるのだが、谷川健一氏の本を多少囓った程度なので、これからもっと勉強してみたい。
それから物語として古事記を見た時、私が惹きつけられてやまないのは火遠命とトヨタマビメの物語だ。
三浦氏の解説によれば、海神の宮はクニ=大地ではないために「海神の国」とは呼べないという。この異界をめぐる問題をもっと掘り下げてみたい。

またfacebookにこの本の感想を投稿したところ、文芸サークルの先輩から大塚ひかり氏の『愛とまぐはひの古事記』という本をお薦めしていただいた。当時の「愛」というものが、近代以降に日本に流入した「恋愛」とどのように異なっていたのか、オオクニヌシとスセリビメとヌナカワヒメの関係や、火遠命とトヨタマビメの関係をどう説明づけているのか気になるところなので読んでみようと思う。

◇参考文献
岡部隆志・斎藤英喜他『シャーマニズムの文化学 日本文化の隠れた水脈[改訂版]』森話社、2009年。
プロフィール

夕星桔梗

Author:夕星桔梗
元日本古代史ゼミ所属。作家志望のアマチュア物書き。

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